Tokyo

10/12 (土)

【第23回】蕎麦屋店主が考える真の蕎麦「通」の定義

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。

※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

蕎麦「通」が生まれる土壌がある日本の麺文化

広辞苑によると「通」とは
①とどこおりの無い事
②ある物事について知り尽くしていること
③人情や花柳界の事を良く知り、さばけている事。野暮でない事及び人。となっています。
蕎麦・うどんは日本独特の食べ物ですがそのルーツは8世紀頃に中国からもたらされた素麺であると言われております。


かの地中国で「麺」と言うと小麦粉で作られたもの全てを指すそうですが、その多くは水で捏ねられ、ひも状や扁平にのされ、湯で茹でられていた物が多かったそうです。


古代の日本人も現代人と同じように、柔軟に創意工夫を働かせて素麺を真似たうどんを作る事となり、小麦粉の生産できない地域においては雑穀のソバの粉を代用しうどんまがいの麺を作ったことで日本の麺文化が生まれたと思われています。


そう考えると中国から麺が伝わってからおよそ1200年間にも渡って日本人は麺類を食べ続けてきた訳です。日本人全部が麺類の「通」となったことは当然と思われます。知り尽くすために必要な回数も時間も充分すぎるほど経験を重ねた稀な民族といえますね。


日本に生まれた人間で蕎麦、うどんと言った麺類が嫌いと言う人は間違いなく少数派であろうし、現代ではラーメン・パスタと言った舶来麺類も身近に溢れています。


美味い麺類に出会えばおもわず微笑むだろうし、食うに食えない物に出くわすと「二度と来ないぞ!」固く誓うに違いないと言う事を、蕎麦店を家業とする者として胸に刻んでいる次第ですが、これ程麺類の美味い不味いを一瞬にして見分けてしまうお客様を相手にする家業の恐ろしさも合わせて感じることが不思議な快感でもあります。

真の蕎麦「通」を表すキーワード

通と反対の言葉に「半可通」と言うのがありますが、これだけ通が多いと通ぶる半可通もまた現実問題として存在する次第です。


蕎麦については専門分野ですので、色々な評論についても本物か偽者かの判断はつくのですが、なかなか反論も出来ずに苦しい事もございます。もっともこれも蕎麦好きが増えたと言うありがたい結果ですし、寿司屋や天麩羅屋や鰻屋には少ない事なので喜ぶべき事と思います。


私の考える通の一番のキーワードは、
蕎麦の作り手にとっても、食べる蕎麦通にとっても「自分の好みに合った」ものであるように思います。老舗の蕎麦屋は家伝の哲学で「この蕎麦」と「この汁」と言うその店の両輪を作る訳ですから、暖簾や店によって自ずと千差万別の商品となり得意商品も変わります。


数多く店を通り、数多く通い、色々な蕎麦に通じて初めて「自分はどこそこの何蕎麦が好みだ」と言える蕎麦通が、私ども蕎麦屋を育てて頂ける「通」であると信じております。

金子栄一さん

芝大門 更科布屋 布屋萬吉こと7代目ご当主

この記事を書いたのは...

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。

更科布屋ホームページ

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