着物の帯締めなどでおなじみの組紐は、実用性を兼ね備えながら人間の手で生み出される美を極めた、日本文化の粋でもあります。着物を着る方はもちろん、そうでない方もインテリアや店頭ディスプレイ、各種メディアなどで目にし、心を奪われた経験があるのではないでしょうか。1963 (昭和38)年、日本橋にて創業された「龍工房」は、130年以上前より家業として組紐の技術を極め、組紐文化を支えつづけてきた老舗です。その大切にする言葉や組紐のイノベーション、父である二代目との関係性などについて、龍工房の若き三代目、福田隆太さんに伺いました。
それではお店のご紹介をお願いいたします。
龍公房は130年以上前より、一貫して組紐づくりを生業としてまいりました。なかでも普段制作しているのが着物の帯を締める「帯締」です。男性にはなかなか帯締めといってもピンとくる方は少ないのではないかと思うのですが、林さんは普段、着物はお召しになりますか?
はい。老舗にかかわるお仕事をしていますので、たまに着させていただいております。
私たちは、一筋ごとに思いを込めて「帯締」を制作しております。「たかが組紐、されど組紐」ということで、組み方や、丸紐・平紐・角紐といった形などいろいろな表現がございます。私の父である福田隆が今代表をしておりまして、東京都伝統工芸士、東京マイスター、伝統工芸従事者などさまざまな認定・表彰をいただき、そのなかで培ってきた技術を現代にあわせて表現することに取り組んでおります。
隆さん、隆太さん、お2人からお互いのお話をお伺いし、「とても素敵な親子だな」と感じておりました。それぞれの役割をしっかりと認識したうえで、適切に分担されていますよね。
そうですね。父は今、どちらかといえば“日本橋の町会のおじさん”になっておりまして……。町の小学校の子どもたちに「あ! 福田さん」と声をかけられるのが一番うれしいと申しておりました(笑)。
いろいろな団体で、会長という責任ある立場を務められていますよね(笑)。
「伝統と革新」とよくいいますが、父が本業を守ってくださっているおかげで我々もさまざまな活動ができています。そのことには非常に感謝しております。
中学時代から職人の世界へ飛び込んだ、若くも経験の深い三代目
福田さんご自身の自己紹介をお願いできますか?
龍公房の福田隆太と申します。現在(2022年7月)29歳とまだまだ若輩者ですが、職人歴は14~15年ございます。中学ごろに組紐の下準備などを学びはじめ、高校、大学進学を経て弊工房に入社しました。他社で社会人経験を積んで家業を継ぐ方もいらっしゃいますが、私は大学卒業してすぐ職人の世界に入りました。
なるほど。
私は次男で、兄は全く別の仕事をしております。父から「家業を継げ」といわれることはなかったのですが、父や祖父の職人として働く背中を見て、徐々に龍工房を継承する意識が芽生えてまいりました。
中学から職人の世界に入られていたということですが、家業を継ぐということはかなり早い段階で決意されていたのでしょうか?
そうですね。自分に染み込んだ技術や感覚をアウトプットする対象としては、やはり組紐が最もしっくりきました。
インプットした技術を表に出したいという、クリエイターとしての意思も芽生えていたということですね。
たとえば京都の老舗の帯屋さんで、インテリアのデザインにお仕事の場を広げた方がいらっしゃいます。そのように、幼いころから工芸品に囲まれることで、美的センスのようなものが培われやすく、恵まれた環境に私もいたのかなと感じております。
「野の花を摘むがごとくものづくりをせよ」「江戸の粋は進化する」……大切にする“言葉”が伝統を支える
龍工房には、家訓のようなものもあるのでしょうか?
それほど仰々しいものではないのですが、「野の花を摘むがごとくものづくりをせよ」というものがございます。たとえば「帯締」それ自体は主役ではありません。野原でお花を一本ずつ摘んで色を合わせるような感覚で、帯全体にアクセントを与える名脇役として楽しんでいただきたいという精神で組紐づくりにと取り組んでおります。
実はほかにも200個ほど大事にしている言葉があるのですよね?
「江戸の粋は進化する」というものもございます。
個人的に、その言葉には非常に感銘を受けました。
現代社会で「伝統工芸」というと、保護する必要がある、守らなければならないという感覚が強くなってきています。しかし、たとえば組紐には1400年近くの歴史があります。それだけ長い歴史を持つ伝統工芸品は、常に時代の最先端に寄り添いつづけた最も“格好いい”ものであり、だからこそ愛されつづけてきたはずです。そういう意味で“江戸の粋という文化は常に時代とともに進化し前に進んでいる”というメッセージが「江戸の粋は進化する」には込められています。
明治、昭和、それ以前から令和の現在に至るまでそのときどきの「粋」があるということですね。
帯締は落語家、歌舞伎役者といった文化・芸能に携わる方々がファッションリーダーとして発信してくださった文化でもありました。たとえば演目が変わると動きが変わり、それに合わせてものづくりも進化します。そうして革新が行われてまいりました。
有名な着物雑誌の表紙などを見ると龍工房さんの帯締がよく用いられています。それらは先に挙げたような言葉を、日々大事にされたからこそ紡がれてきたのでしょう。日々のどういった場面でそういった言葉は生まれるのですか? お父上が組紐の師匠ということで、世間一般とは異なる関係性かとお見受けするのですが。
私は今実家に住んでいるのですが、父と仕事の話はあまりしなくなってきています。お互いテニスが趣味で、テニスコートで師匠と弟子とは違った関係で話したりもしますね。私は大学時代テニスのコーチをしていたので、普段の関係性とは逆に、父にテニスを教えたこともありました。
伝統工芸の名家がテニスを趣味とされているというのも、みなさん意外に思われるのではないでしょうか。一般の方には、伝統工芸に携わる方の私生活はなかなか想像がつきづらい部分もあるかと思いますが、こうしてテニスを楽しまれる場面もあるということですね。また、そういったシーンで、何かが生まれることもあるのでしょう。
本日も半袖のスポーツシャツで伺わせていただきました。
本企画にご登場いただいたご当主史上、最高にスポーティな服装です(笑)。
職人といっても毎日着物を着ているわけではありませんし、作業するときにはそれに適した服装になりますからね(笑)。
そういう福田さんですが、着物を着てもよくお似合いになる方です。ぜひ、みなさんもネットなどで検索して写真をご覧になってみてください。
「江戸の粋は進化する」。その言葉を胸に組紐づくりに邁進してきた三代目。伝統を守ることに固執するのではなく、そのときどきの時代の変化を汲み取り、商品に反映させています。そのスタイルはまさにイノベーティブ。130年以上も組紐文化を支えてきた老舗の、意外な一面が垣間見られました。
後編へ続く
※この対談を動画で見たい方はコチラ
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