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日本は、百年続く老舗が3万3,000軒以上存在する世界でも稀な国。そのご当主に、老舗を老舗たらしめる“五つの奥義”を伺う連載記事。
東京・浅草にて、200年以上愛されつづけてきた「どぜうなべ」。駒形の本店にて今も伝統の味を提供し続けるのが、1801年(享和元年)創業の『駒形どぜう』です。今も当時と外観を同じくする店舗では、老若男女問わずほっと癒されるような味、そして物語を楽しむことができます。そんな老舗ではどのようにどじょうを扱い、何を大切にしているのか。
五つの奥義という切り口で、老舗の秘訣を解き明かしてまいりましょう。
『江戸名物酒飯手引草』にも掲載されていた江戸のファストフード
江戸のファストフードといえば、皆さんは何が思い浮かぶでしょうか。寿司や天ぷら、という方が多いかもしれません。
グツグツと煮えたぎる鉄鍋にて、骨まで柔らかくごぼうとともに煮込んだどじょうをいただく浅草名物「どぜうなべ」は、江戸時代から人々の味覚を楽しませてきた江戸のファストフードのひとつです。
観光地として外国人の方々にも高い人気を誇る浅草に佇む、情緒をたたえた日本家屋が『駒形どぜう』の本店です。
七代目渡辺隆史さんの「いらっしゃい」の一言で店内に一歩足を踏み入れると、昼から大勢のお客さんが。創業1801年(享和元年)、どぜうなべ、どぜう汁の老舗として親しまれたこのお店には、「創業100年」を祝う当時の白黒写真が残されています。
建物自体は関東大震災と戦争で二度焼失したとのことですが、江戸時代の設計図を基に昭和39年に復元された店舗は今も往時の様子を偲ばせます。
「行商の方が朝ここでどぜう汁とご飯を食べて、(商品が)いい値段で売れると帰りにどぜうなべとお銚子を一本つけていた」と渡辺さん。
まさに現在のファストフードのように『駒形どぜう』のどぜうなべは庶民に親しまれていたのです。1848年(嘉永元年)に出版された江戸の名店を紹介するグルメガイドブック『江戸名物酒飯手引草』にも名物として明記されており、その人気ぶりが伺えます。
『駒形どぜう』のどぜうなべが、200年愛されてきた奥義は何なのでしょうか?
老舗 五つの奥義 その1:お客様の来店数を予測し、どじょうを仕入れる
「こちらが私たちにとって大事な食材がある部屋です」と渡辺さんが案内するのは、清水の滴るなか、たくさんの桶が積み上げられた冷暗室。
桶の中にいるのは──もちろん「どじょう」です。生きたまま仕入れられた400キロのどじょうは、この部屋で地下水を使って大切に飼育されているとのこと。なんと、コロナウイルス流行の前には、5日~1週間で部屋いっぱいの桶のどじょうがすべて使われていたそう。えさを与えない『駒形どぜう』の飼育法では、あまり日数が立つとどじょうの油や肉が落ちてしまうのです。
希少かつ保存日数の短いどじょうを扱ううえでは、お客様がどれくらい来店するかの予測が重要なポイントとなるのです。
老舗 五つの奥義 その2:どじょうに酒を飲ませ、丸のまま使う
どぜうなべづくりで重要なのが「どじょうにお酒を飲ませる」という工程です。酒を飲ませて15分後、桶のどじょうは酒に酔い、動きが鈍い酩酊状態に。こうすることで、風味豊かで柔らかいどじょうが完成します。
「江戸時代にはお酒は高価なものでした」(渡辺さん)
安価なはずのどじょうに高価なお酒を飲ませるというコンセプトで、どぜうなべという料理はできたのではないかという考えを七代目は示します。酩酊したどじょうは、丸ごと甘みそ仕立ての味噌汁へ。ここから、コトコト1時間煮込みます。栄養を丸ごと封じ込め、素材を無駄にする心配もありません。
どじょうは丸のまま商うべし。
『駒形どぜう』の大事にする家訓のひとつです。
老舗 五つの奥義 その3:ゴボウのささがきは柳の葉を目指すべし
どぜうなべの名わき役といえば、「ゴボウのささがき」です。
「忙しいときは20キロほど全て手作業でつくります」(渡辺さん)
歯ごたえや歯触りが分厚くなりすぎないよう、理想とするのが「柳の葉」。その薄さや形に近づけるには、数年間の修行が必要です。つかんだときの柔らかい感触を実現するには、気を抜くことが許されません。そのような努力の結晶として、骨まで柔らかなどじょうとゴボウが相性抜群などぜうなべが生まれるのです。
老舗 五つの奥義 その4:煮込んだどじょうを扱うための道具はオーダーメイド
どぜうなべの取扱いは、盛り付けの際も気が抜けません。
非常に軟らかく煮こまれたどじょうは、繊細に並べなければ形が崩れてしまいます。どじょうを扱うための道具『貝杓子』と『煮箸』は、職人ごとに手作りされたオーダーメイド。
『貝杓子』は一度で鍋の七割程度の量が掬えるよう設計されており、『煮箸』はドジョウの一番丈夫な首をつかみやすいよう細くつくられているなど、それぞれに生産性を高めるための工夫が施されています。
老舗 五つの奥義 その5:どぜうなべに込められた物語を感じてもらう
「老舗の使命とは?」という質問に対し「知恵の共有がすごく大事だと考えています」と渡辺さん。
ドジョウにお酒を飲ませることで、香りがよくなり骨も柔らかくなるという知恵は、受け継がなければいつか失われてしまうでしょう。伝統を受け継ぎ、お客様にプラスの影響を与えることに駒形どぜうでは全身全霊を投じています。
たとえば、どぜうなべにおいて、どじょうの頭と尾が交互に並べられているのは、偶然ではありません。
そこには、自然な状態のどじょうが泳いでいるかのようにお客様に感じてほしいという願いが込められているのです。
「せっかくお金と時間をかけて来店してくれている方々に向けて『物語づくり』をしましょう」と話す渡辺さん。どぜうなべを食べて嫌なことを忘れられた、元気になったという物語を生み出すまでが、駒形どぜうのストーリーなのです。
駒形どぜうが200年以上つづいてきた理由
「駒形どぜうが200年以上つづいてきた理由」について、渡辺さんは「それぞれの時代の当主が時代に求められた店の役割を考えて変化させたから」と一言。
戦後、大きく価値観が変わっても昔ながらのよさを提供できたことが、『駒形どぜう』をより愛される老舗へと育てました。これからもその奥義と物語は人々を癒し、明日への活力を提供し続けるでしょう。
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