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日本は、百年続く老舗が3万3,000軒以上存在する世界でも稀な国。そのご当主に、‟老舗を老舗たらしめる“五つの奥義”を伺う連載記事。今回お話を伺った老舗は、元禄2年(1689年)から、漆工芸品を取り扱い続けてきた『日本橋 黒江屋』。北は青森県の「津軽塗」から南は宮崎県の「宮崎漆器」まで、全国から名品が日本橋駅徒歩一分のお店に集まっています。
ときに生き物と称され、海外では「JAPAN」として愛される漆器を扱ううえでのこだわりや、黒江屋が300年以上人々に愛されつづけてきた理由とは?
日本古来の伝統工芸品である‟漆器”を国内外に提供
「漆器は生き物」という言葉を聞いたことはあるでしょうか。
次第に手になじみ、使うほどに味が出る特性を持つのが、日本古来の伝統工芸品である‟漆器”なのです。
江戸時代の産業では「一意専心」の考えが中心的であり、多くのお店は一つの業種に専念する風潮がありました。そんななか、「当社の場合は今の生活スタイルに合わせて、伝統と革新を守ることが商売の反映にもつながると考えています」と語るのは、黒江屋十二代目ご当主の柏原孫左衛門さんです。
一意専心ではなく、イノベーション。黒江屋が300年以上、国内外の人々に愛されてきた理由の一端が伝わるスローガンです。
天然塗料である「漆(うるし)」を木や竹、ガラスなど多様な素材に用いることで豊かな光沢や手触りが表現されている漆器。その名産地と言われていた紀伊国黒江村出身の一代目が日本橋本町4丁目にのれんを掲げたのが、黒江屋のはじまりです。
「江戸時代の元禄期から明治・大正・昭和と日本橋の通りの筋には三軒の漆器店が並んでいた」(柏原さん)
それらは、通称「通り三軒」と呼ばれ人々に親しまれていましたが、今も商売を継続しているのはこの黒江屋だけです。三百年以上のれんを守り続けることができた秘訣──五つの奥義をお聞きしていきます。
老舗 五つの奥義 その1:漆器=JAPAN、国を代表する伝統工芸品
日本古来の生活に根差した伝統工芸品である漆器ですが、現在も生活スタイルに合わせて利用され人々に愛され続けています。その背景にあるのは、木や紙などに漆を塗り重ねて美しい模様を表現する高い技術力。その魅力は海を越え、日本のみならず外国でも愛されてきました。
みなさんは、漆器を英語でなんと呼ぶのかご存じですか?
その答えは、なんと「JAPAN」。
その理由は諸説あるものの、南蛮貿易で15世紀のオランダやポルトガルに輸出された際、当時のヨーロッパでは「陶器=CHINA」と呼んでいたのに習って、「漆器=JAPAN」と称するようになったのだといわれているそうです。文字通り「国」を象徴する伝統工芸品として、高い人気を誇っていたことがわかります。
老舗 五つの奥義 その2:「一意専心」ではなく時代の流れに応じて多角経営
先ほどもご紹介した通り、当時支配的だった「一意専心」とは別の道を選んだのが、黒江屋のユニークな点です。
「実は、黒江屋は安永三年(1774年)に京呉服や小間物を販売する柏屋に経営権が移り、今日に至っています」(柏原さん)
そのため、屋号には「柏」の一文字が用いられています。それと同時に経営手法も多角化。江戸時代は漆器とは別に京呉服や和紙などを取扱い、現在は不動産管理と紙の販売事業を漆器販売に並行して営んでいるということです。
また、漆器のラインナップも創業当初は「紀州漆器」に限られていましたが、その後厳選した全国の名品を日本橋で購入することができるお店へと変化しました。
老舗 五つの奥義 その3:伝統を大切に変化も取り入れる「不易流行」の精神
柏原さんは、好きな言葉として、松尾芭蕉が唱えたといわれる「不易流行」を挙げます。
「不易=伝統」「流行=革新」を意味し、その両方の大切さを説いたこの言葉を、柏原さんは黒江屋の経営にも大いに反映しているのです。
たとえば、ワイングラス、名刺入れ、ピンバッジ、水筒(アンブレラボトル)など一般に伝統工芸・漆器などからは縁遠いと考えられやすいモダンな商品も黒江屋では数多く取り扱っています。もちろん、手鏡、汁椀など不易にあたる逸品も言わずもがな取り扱っています。
老舗 五つの奥義 その4:社員を育て、信頼をもって商売を任せる
江戸時代から黒江屋でずっと大切にしてきたものに「信頼」があります。信頼をもって番頭、すなわち社員に商売のことは任せている、と柏原さんは語ります。
漆器の産地として、青森県(津軽塗)、福島県(会津塗)、富山県(高岡漆器)など、全国23の地域が指定されており、黒江屋の社員は黒江屋の信頼のもと、その中から製品を厳選します。現在扱われている商品のバリエーションは、約2000種類とのこと。
目利き社員を育てられているという自信があるからこそ、全幅の信頼を置くことができているのです。
老舗 五つの奥義 その5:使うほどに手になじむ、漆器は生きている
軽く、保温性があり、断熱性も高い木製の漆器を「生活していくうえでとても使いやすい商品だと思います」と柏原さんは評します。そして、冒頭にも述べた通り、使うほどに手になじむ漆器は生き物にたとえられます。
もし傷ついてしまっても、黒江屋に持ち込めば産地で修理をすることが可能です。
老舗がつづいてきた理由は?
「老舗がつづいてきた理由は?」と尋ねると、「特にはないですが……」と柏原さん。しかし、続けて以下のように語ってくれました。
「祖父や父から教えられてきたことを伝統を守りながら、自分のときにできることはやっていければ」(柏原さん)
その伝統には、一意専心ではなくイノベーションという進化をとめないための家訓も含まれているのでしょう。
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