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日本は、百年続く老舗が3万3,000軒以上存在する世界でも稀な国。そのご当主に、老舗を老舗たらしめる“五つの奥義”を伺う連載記事。
ツルっとしたのどごし、店の個性とこだわりを表現するつゆ。おそばは日本人にとって最も身近な日本料理の一つです。1791年(寛政3年)創業、『更科布屋』が何より大事にしているのが、そばつゆの味を守り続けるということ。天候や季節によっても異なる環境下で、『更科布屋』はいかにこだわりの味を生み出し続けているのか。
七代目ご当主、金子栄一さんが実際にそばをつくる工程とともに、『更科布屋』の五つの奥義をご紹介します。
「信濃布」の行商人から230年以上の歴史ははじまった
何を言われようが、絶対変えない。
日本を代表する食文化、そばに込めた味へのこだわりを230年以上守り続けてきた『更科布屋』。その哲学を端的に示す言葉です。浄土宗の七大本山の一つ『増上寺』が位置する歴史ある区域、東京都港区芝大門、都営大江戸線大門駅のA6出口を駆け上がってすぐの場所に、『更科布屋』は店舗を構えています。
のれんをくぐると「いらっしゃいませ」と迎えてくれるのは、七代目ご当主の布屋萬吉こと金子栄一さん。『更科布屋』の歴史は、現在の東日本橋にあたる「やげん堀」からはじまりました。
店舗の火事などを原因に銀座尾張町、数寄屋橋と移転を繰り返し、現在の場所へ落ち着いたのが1914年(大正2年)のことです。その屋号の通り、当初は「布屋」として信州、現在の更埴市あたりで創業された『更科布屋』。初代は、地元の名産品であるシナノキの皮をさらして細く糸に割き、織って製造する「信濃布」を売り歩く行商人でした。しかしそのそば作りの腕が認められ、そば屋を開業。そこから、230年以上こだわりの味を守り続けています。
老舗 五つの奥義 その1:そばのコシは、そば自身が教えてくれる
おそばの香りを最も感じるのは、一心にそば粉をこねる作り手自身です。粉全体に水分を含ませる工程「水回し」。注いだ水を均一にいきわたらせるため、丁寧に少しずつ、材料をかき回し、こねていきます。
そば粉を「固める」工程に進むタイミングを五感で感じたら、力を込めてこね回し、そばのコシをつくります。見るだけで腰が痛くなりそうな重労働。金子さんも「これが一番辛い」と本音を漏らします。しかし、適当な作業をしては最終的においしくなくなってしまう、と根気強くそばと向き合い続けます。
「すると、面白いことに、あるときに『もういいよ』とそばが教えてくれるんです」(金子さん)
ツルツルの表面をぺたっとした感触で感じたら、次は、機械をつかって伸ばし、切る工程に入ります。こうした苦労の末に出来上がったそばを見て、「とても良い麵線だ思います」と、金子さんは満足げに語りました。
老舗 五つの奥義 その2:四季が感じられるそばを目指す
『更科布屋』の代表商品と言えるのが、そばの実の芯の部分だけを使用した純白の『更科そば』。それとともに、「一月 唐辛子切り」「五月 山椒切り」「十二月 柚子切り」など毎月変わる『季節の変わりそば』と、なじみ深い一般的なそばを一度に食べられる『三色そば』も人気のメニューです。
なんと、十二種類の変わりそばは、80種類以上の試行錯誤から厳選したものなのだとか。すべての種類を食べたいと、毎月通うお客さんも少なくないそうです。
「お蕎麦って、毎日食べても飽きないですよね」(金子さん)
だからこそ、日本の代表的な食文化として四季の色合いや思いをそばに託したいという考えを込め、さまざまなそばやメニューが生み出されているのです。
老舗 五つの奥義 その3:そばつゆの味わいは「目」で確認
「そば屋の柱は2本ある」という、金子さん。
ひとつは、麺、そしてもう一つは、そばつゆです。そばの味を決めるのはそばつゆの甘さ。『更科布屋』では良い出汁を取るために、“爆発するくらい”沸騰したお湯に一気に鰹節を加え、一枚一枚にお湯が触れるよう素早く鍋の中を泳がせます。最初の1~2分が勝負であり、そこで出汁がうまく出るかどうかが決まってしまう手に汗握る工程なのだそうです。
さらに、そばつゆの味を均一に整えるため、『更科布屋』では天候によって煮詰める時間を変え、同じ濃度の出汁をつくることに心を砕いているとのこと。出来上がった出汁を味見し、小さくうなずいた金子さんは、残りの材料「醤油」「砂糖」「みりん」の配合に進みます。
4種類の材料しか使わないシンプルさゆえに、配合次第でガラッと味が変わってしまうのがそばつゆの特性。そばつゆの表面に生じる、色の濃い部分、薄い部分の割合を目視で確認して、微妙な調整を加えるのが金子さんの職人技です。
老舗 五つの奥義 その4:「味」は絶対に変えてはいけないもの
老舗には、絶対に変えてはならないものと、変えていかなければならないものがあります。
そば屋が絶対に変えてはならないのは「味」。つゆの味とはすなわちその店自身のことだからだと、金子さんは語ります。だからこそ、味を均一に整えるために『更科布屋』では、こだわりを手放さず、職人の勘と技を磨き続けているのです。
老舗 五つの奥義 その5:幼いころに慣れ親しんだ味が、いまにつながる
大学卒業後、食品メーカーで営業、マーケティングを経験し、家業を継ぐことになった金子さん。それまで、実際にそばを作ったことはありませんでした。
「ただ、味はわかったんです」(金子さん)
幼いころから体にしみ込んだそばの味が、金子さんの味覚にはしみ込んでいました。先代とときに意見を戦わせながら、その感覚を技術に転化していくのが、金子さんの修業期間だったといいます。
味を守るために重視するのは「孫を可愛がる」こと
先々代である祖父にすごくかわいがられたという記憶を持つ金子さん。だからこそ、味を守るために重視しているのが「孫を可愛がる」ということなのだそうです。
「親子じゃなくて孫、これがキーポイントだなと思います」
そう語る金子さん表情は、その一瞬、老舗の味を守る七代目当主の面持ちから、孫煩悩なおじいちゃんの笑顔に変わりました。
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