日本料理の店を検索すると出てくる「懐石料理」と「会席料理」のお店。同じ「カイセキ」という読み方ですが、両者には違いがあります。そこで今回は、懐石料理を楽しむために知っておきたい、懐石料理の由来や、会席料理との違い、食べるときに気をつけたいマナーなどを、マナーコンサルタントの西出ひろ子さんに伺いました。
懐石料理とはどんなもの?
そもそも懐石料理は、茶会で濃茶(こいちゃ)をいただく前に提供される軽い食事のことです。
「懐石料理はお茶を楽しむためのものです。空腹のまま濃茶を飲んで胃を傷めないように、先に食事でもてなされます。懐石料理は、茶道の心である“わび・さび”を尊び、旬の食材を使い、季節感をともに楽しみます。また、お茶の味が損なわれないように、量は少なめで、味の濃いものや揚げ物、派手な飾りつけは避ける傾向があります。献立は“一汁三菜”が基本で、最初にご飯と汁物が提供されるのが特徴です」(西出さん:以下同)。
懐石料理の歴史と由来とは?
懐石料理の由来は、諸説ありますが、禅宗の修行僧が寒さや空腹をしのぐために温めた石を懐に入れていた “温石(おんじゃく)”が関係しています。この懐に入れる温石のように体を温め、空腹を和らげるくらいの軽い食事という意味で、“懐石”と呼ぶようになったというものです。安土桃山時代には、千利休がその精神を茶道に取り入れて、“懐石料理”が確立されました。
懐石料理と会席料理との違い
一方、会席料理は、室町時代の武家の礼法に基づく格式高いもてなし料理「本膳料理」をベースに、宴会料理として江戸時代に発達したものです。
「懐石料理は“お茶を楽しむための料理”に対し、会席料理は“お酒を楽しむための料理”といわれています。しかし現在では、時代の流れとともに“懐石料理は茶会のための食事”という認識は薄れ、料亭などでお酒を楽しむためのものもあります。そのため、茶会席でいただく料理は“茶懐石”と呼んで区別することも。懐石料理と会席料理のわかりやすい大きな違いとしては、最初にごはんと汁物が出てくるのが懐石料理で、最後にごはんと汁物が出てくるのが会席料理ということです」。
懐石料理の内容と、出される順番を紹介
懐石料理の基本は、先述の通り一汁三菜です。しかし、最近ではアレンジが進み、品数や順番はお店によって異なります。ここでは、代表的なメニューと順番をご紹介します。
1/折敷(おしき)
ごはん、汁、向付(むこうづけ)の3つを載せたお膳のこと。向付は、一汁三菜の一菜目にあたるもので、お造り(刺身)が代表的です。
「お箸をしめらせるという意味と、汁物のお出汁を最初に味わうという意味で、汁物を最初に味わいましょう」。
2/椀盛(わんもり)
懐石料理のメイン料理。大ぶりの椀に、季節の野菜・肉・魚・麩などが彩りよく盛り付けられています。
3/焼き物
大皿に人数分の焼き魚が盛り付けられているので、取り箸で自分が食べる分を取り分けていただきます。
4/強肴(しいざかな)
“強いてもう一品すすめる肴”という意味で、“進め肴”“預け鉢”とも呼ばれます。主に炊き合わせや酢の物が提供されます。
5/吸い物
食事の最後に出される、口休めのさっぱりした味わいのお吸い物。“箸洗い”“すすぎ汁”とも呼ばれます。
6/八寸(はっすん)
食後にお酒を楽しむための、酒の肴となる山の幸と海の幸が提供されます。
「懐石料理においての八寸(肴)は、お食事の後半に出されます。一方でお酒を楽しむための会席料理では一番目に出る先付と一緒か、椀物に続くなど、全体の最初の方に出される場合が多くなります」。
7/湯桶(ゆとう)・香の物(こうのもの)
湯桶とは、釜底に残るおこげに熱湯を注いで塩味をつけたもの。
8/主菓子(おもがし)・濃茶
主菓子は、濃茶の味を引き立てる和菓子で、練り切りや葛饅頭などが出されます。
覚えておきたい懐石料理店でのマナー
茶会以外での懐石料理と区別するため、本格的な茶会でいただく懐石料理を“茶懐石”と呼ぶこともあります。この茶懐石には、実は細かい作法がありますが、お店でいただく懐石料理は、そうでもありません。とはいえ、自信をもって懐石料理を楽しむため、最低限知っておきたいマナーをご紹介しましょう。服装、食べ方、店での過ごし方がありますが、これらを押さえておけば心置きなく食事を味わうことが出来るはずです。また会席料理とも共通した内容なので、ぜひ覚えてみてください。
服装で気を付けたいこと
身だしなみに不安があるとどこかでそれを意識してしまい、その場を心から楽しめないもの。以下のポイントを押さえておけば、気後れなく食事に集中できます。
<気を付けたいポイント>
●特に決まりはないが、派手な服や露出の多い服は避ける
●和室の場合、必ず靴下かストッキングを着用する
●高価な器を傷つける恐れのあるアクセサリーはつけない
●香水は控える
「出される料理の香りの邪魔になってしまうので、香水は少量でもつけないほうが賢明です」。
食べ方で気を付けたいこと
最も大切なことは“箸使い”にあると西出さんはいいます。
「お箸を正しく持てば、食べ方も自然と美しくなってきます。ぜひ一度持ち方をおさらいしてみてください。また、お椀の持ち方も意識してみてください。初めからお箸を手にしながらお椀を持つことは正式な美しい所作とは言えませんので気を付けて。まずは両手でお椀をもち、そこからお箸を取り上げ持つのが正式です」。
そして、ぜひおすすめしたいのが“懐紙”を使うことだそう。
「懐紙とは、茶事で使用される、懐に忍ばせておく小さめの和紙のことですが、受け皿の代わりはもちろん、食べきれなかったお菓子を包んだりするのにも使えてとても万能です。懐紙は、和服の場合は、胸元に入れておきますが、洋服の場合は、バッグに入れておき、席に着いたら、膝の上や畳の上に数枚出しておくとスムーズに使えます。使用した懐紙は、小さく折りたたみ、お皿の隅に置きます。近年は、無地のものだけではなく、夏だったら風鈴の絵柄など、季節に応じた絵柄が入った素敵なものがたくさんあります」。
<気を付けたいポイント>
●箸先3㎝以内の汚れでとどめるように意識する。
●箸を使って食器を手元に寄せる“寄せ箸”や、箸についたものを口でなめとる“ねぶり箸”など、“忌み箸”と呼ばれる箸の使い方をしない。
●お椀を持つときは、最初に両手で持ち、その後、利き手でお箸を持つ。お椀を置くときは、逆に、お箸をおいてから、両手でお椀を置くこと。
●手皿はNG。
「多くの人がやってしまいがちですが、汁が垂れそうなときに手を受け皿代わりにする“手皿”はマナー違反です。その場合は、小皿を手に持って食べたり、お椀の蓋を受け皿代わりに使ったりしてもOKです。おすすめは懐紙を持つことです。懐紙を二つに折って手の平に持ち受け皿のように使ってください」。
店での過ごし方で気を付けたいこと
服装と同様、その場で戸惑いがちなのが和室での所作です。振る舞いがぎこちないものにならないよう、また同席する方々と気持ち良く過ごせるように、以下を意識してみてください。
<気を付けたいポイント>
●上座・下座を意識する。
「和室では床の間の前が上座です。床の間の前に並んで座る場合、本床(本式に作ってある床の間のことで“床”と、違い棚等を設えた“床脇”が並ぶ)であれば、床の間を背にして左側が第一席、右側が第二席となります。これは、左側に床、右側に床脇が配されているからです。一方、右に床、左に床脇がある逆床では、座る位置も逆になります」。
●先客が目上の場合は、にじり入る。
「和室では目線の高さで関係性が決まるといわれています。目上の方が先に席についている場合、敷居の前で膝をついて座り軽く挨拶し、そのままにじり入りましょう」。
●和室の場合、畳の縁や敷居を踏まない。また座布団を踏む、またぐことは避ける。
●料理の写真を撮りたいときは、お店の許可をとり、目上の方に従うこと
「料理の写真を撮ってSNSにアップすることは、お店の宣伝にもなりますが、一番大事なことは、一緒にいる人たちがどう思うかです。その場で一番目上の方に倣うのがベスト。それが自分である場合、お店の人に写真を撮っていいか、それをSNSにあげていいかを確認し、『写真を撮りたい方はどうぞ』と言ってさし上げるのがスマートです。自分が上の立場でない場合は、周りの方がやっていなければ控えるのが賢明です」。
由来やマナーを理解した上で、懐石料理をリラックスして楽しんで
茶会の伝統を受け継ぐ懐石料理ですが、堅苦しくならず、料理を楽しむことが大切といいます。
「旬の食材を使い、素材の味を活かした懐石料理を楽しみましょう。最低限のマナーは必要ですが、型ばかり気にして、その型から少しでもはみ出ると、『それはおかしい』『間違っている』と指摘する行動に出がちな面があります。しかし、テーブルマナーで重視すべきは、食事の場を通じて良いコミュニケーションをとり、さらに良い関係を築くことです。同席される方とのコミュニケーションを楽しみながら、食材や料理人、お店の人、同席者へ感謝することが大切なマナーです。そうして有り難く料理を味わってくださいね」。
取材・文/手塚よしこ
イラスト/篠塚朋子