Tokyo

12/21 (土)

【第27回】粋な江戸蕎麦の食べ方とは

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。

※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

蕎麦は松風のごとく食べるべし

蕎麦を食する仕草は、さまざまなところで描写されています。
例えば、「見事なり そば食い上手 松の風」これは宝永6年(1709)に出版された「俳諧 ちゑぶくろ」に登場する一句です。そばが題材となった句は過去にたくさんございますが、耳元で蕎麦をたぐる音が聞こえてきそうないい句ではないでしょうか。


松を渡る風の如くサラサラとよどみなく爽やかにたぐって食べるのが粋と言う事なのだと思います。注釈にはこの句には他にも含まれている事があるとの事、「松の風」とは「熊野松風は米のメシ」と言う諺があり、それを基にしていると言うのです。数多くの謡曲の中でも「熊野」と「松風」は毎日毎日、日に三度聞いても飽きない名曲で江戸っ子にとっては米の飯と同じという意味だそうです。


これを蕎麦の食べ方に重ね合せ、蕎麦の真っ当な食べ方が身に付くまでには1日3度と言ってもいい位、しょっちゅう蕎麦を食べなくてはいけないという教えが込められているとのこと。何となくその雰囲気は伝わっては来るもの、「松の風」のような蕎麦の食べ方とは具体的に如何なるものなのかをご説明しようと思います。

江戸っ子の粋な蕎麦の食べ方

その第一は「ぐちゃぐちゃと噛むなんざあ江戸っ子じゃねえ!」と言うのが決まり文句です。
せいろの端からささっとたぐって、猪口に注いだそば汁に蕎麦の下1/3位をちょこっと浸したら一気にすすってのどで味わう。そうするとその後に胃から立ち昇って来るのが蕎麦の香りだといわれています。せいろ一枚なら5すくい位で食べきるのも粋の条件と言われているようです。


せいろ1枚は一膳飯になぞられて縁起が悪いので、せいろ2枚を注文するのが粋な作法とも言われますが、これは現代のそばの盛り方よりずっと少ない江戸時代の事ですので今は当てはまらないかと思います。


いずれにいたしましても当時はせいろ2枚を食べ、そば湯を飲み終わるまで注文してから10分程度と言う事で出し手も食べ手もせっかちだったようです。しかも当時はその内半分以上の時間を蕎麦屋のオヤジと喋るべしとされていたとの事で何ともせわしない、まさにファストフードの代表だったのだと思います。


余談ですが実在の江戸随一の美男をモデルとした歌舞伎の「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)」の直次郎なる色男の雪模様の蕎麦屋でのワンシーンでは、湯気の立ち昇る本物のかけそばが運ばれるのが約束事となっております。


その見事な食べっぷりに蕎麦好きの観劇客は芝居がはねた後、近隣の蕎麦屋に押し寄せたと言うことです。現代の蕎麦屋でも粋に上手く蕎麦をたぐるお客様を拝見すると作り手として「蕎麦屋冥利」を味わわさせていただいております。店中に松の風がそよぐ音が響き渡る事を夢に見ながら、家業に精進し続けたく思う次第です。

金子栄一さん

芝大門 更科布屋 布屋萬吉こと7代目ご当主

この記事を書いたのは...

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。

更科布屋ホームページ

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