天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。
※当コラムは「芝大門 更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。
蕎麦の香りの良し悪しはどこで分かるのか
お蕎麦の評価で皆様方が大切にされている一つに「香り」があります。
私たち蕎麦店も蕎麦の香りについては材料選びから神経を使っていますが、
香りの良い蕎麦が出来る蕎麦粉かどうかは、粉の段階では分かりません。粉の状態で分かるのは甘いか苦いかで、いい粉は舐めてみると甘みが口の中に広がります。
韃靼蕎麦と呼ばれる苦味のある蕎麦も人気ですが、一般的に蕎麦の実を挽く時に過度の熱が加わると苦くなるのが蕎麦の特徴です。擦るように挽くのではなく、切る様に挽くことで甘みが出ます。
お茶でもタバコでも良く切れる臼や刃で切らないと甘くなりません。
また、蕎麦の香りは冷えた状態ではあまり感じられません。加水をして入念に混ぜ合わせている段階の摩擦熱によって蕎麦特有の香りが立ちのぼってきます。蕎麦粉の香りの良し悪しはこの時点で分かるものなのです。
その蕎麦の香りも温かい「種物」は当然の事ながら、「もり」でもあまり分かるものではありません。
蕎麦自体の香りは、蕎麦が喉を通って胃袋に近づく頃に、口の中に広がるものです。
蕎麦に鼻を押し付けて嗅いでみても、微かに分かる程度だと思われます。
もりそばで香りが分かるとすれば、「湯通し」にするか「水切り」をしなければなりません。
香りを楽しめる具体的な蕎麦メニュー
昔のお客様の中には「水切りある?無ければあつもりにしてくれ」というお客様がたくさんいたと聞いています。確かに熱を加えたり乾き始めた蕎麦からは香りが立ちのぼりますが、蕎麦自体の美味しさにはみずみずしさも重要です。
それゆえ、香りや味を包んでしまっている「水のベール」をまとったびしょびしょの蕎麦ではなく、軽く水を切った程度が、喉越しと香りをお楽しみいただけると思います。香りを試したければ少しのびた蕎麦にはなりますが、お席にてさらに水が切れるまでお待ち頂くのも一考です。いつもと違った味と香りになることと思います。
更科そばや変わりそばはのびにくいお蕎麦ですので、甘さや香りは歴然とした違いを体験できるのではないでしょうか。ゆっくりお召し上がりいただくと、より蕎麦の香りをお楽しみいただけるかと思います。