Tokyo

11/22 (金)

【第7回】蕎麦に欠かせない薬味「葱」と「唐辛子」について

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。

※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

蕎麦を食べる時に理にかなっている「葱」の効能

蕎麦店に行くと必ずと言って良いほど薬味に「葱」が付きます。
それもわけぎではなく、根深葱で出来る限り薄く輪切りにし、水にさらすことは致しません。
葱がふんわりしているのは、輪切りにした後に一枚一枚バラバラになるようにほぐしてあるからです。

昭和初期以前は葱と言えば「千住」と言われるくらいの特産で、深谷、千葉などの葱は惣菜葱として値段も半分以下だったと聞いております。千住の葱は5枚葉がご定法で、葉の付け根と白い部分の境がきゅっと細く締まっているのが決まり事です。現在でも多くの老舗で使われる葱は「千住」と相場が決まっており、老舗のこだわりとも言えます。

なぜ葱が薬味の主体として使われたかというと、葱は熱病や痙攣を起こすショウ気という毒素を消す力があるからで、悪い病気や悪霊を口から吸い込まないような働きがあると信じられていました。

蕎麦はご存じのように噛む物ではなく「すすり込む物」なので、お食べになるときにはよけい空気を吸いますから、予防として薬味に葱が付けられたと言われております。

しかしながら葱を食べると口が臭くなると伊達者や、洒落者は敬遠したそうです。
口臭は今も昔も嫌われておりますが、「本朝食鑑」なる料理本には葱の後には椎茸が臭い消しになると書かれておりました。 韮やニンニクにも効くかも知れません、お試し下さい。

「葱」同様、病を予防する「唐辛子」の効能

次に「唐辛子」は薬味皿には盛られてはいないものの、これも必ず振り出しの入れ物に入れられ、常時テーブルに置かれているものといえます。唐辛子は文字からも解るように唐から来た辛子ですが、通常は赤唐辛子・白胡麻・山椒・赤紫蘇・青海苔・麻の実・ケシを混ぜ合わせ「七味唐辛子」となっています。世に名を馳せる「薬研堀の七味」は他に秘伝の1種を加えるそうです。
高名な京都の幻の七味は真っ黒の逸品です。


さてこの唐辛子は「疝気(せんき)」と言われる胃痙攣や脱腸に効き目ありとされております。
昔江戸にあった「疝気稲荷」なる霊験あらたかなお社に祈願をした人は、蕎麦を絶つか、全快のあかつきに蕎麦を供えるという風習から、蕎麦に付き物の薬味となったという話です。


変わり蕎麦にも見られる傾向ですが、薬味も薬効との関わり、風習・しきたりとの関わりが多いのは蕎麦が昔から庶民の生活の中に根付いていた証拠と思われます。

金子栄一さん

芝大門 更科布屋 布屋萬吉こと7代目ご当主

この記事を書いたのは...

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。

更科布屋ホームページ

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