洗練された“江戸そば”に日本の四季を託して
「更科布屋」のある芝大門は、江戸幕府将軍家・徳川家の菩提寺である増上寺の近く。江戸時代には譜代大名の屋敷も多くありました。また、東海道にも近いため商人も多く、「武士・寺・商人」が揃った希少なエリア。お店の前の道は増上寺大門をくぐって増上寺へと続いています。
更科布屋のそばは4種類。そば粉8割・小麦粉2割の黄金比率で、のどごしがよい「二八そば」(もり600円/ざる730円)、芯の部分だけを贅沢に使った“そばの大吟醸”「御前更科そば」(800円)、北海道から宮古島まで全国の産地を時季に応じて使い分けることで、本来は初秋の楽しみである新そばをほぼ1年中楽しめる「生粉打ち」(850円)、更科に季節の食材を入れた「変わりそば」(850円)です。中でも変わりそばは、江戸時代からの家伝の味。これまでに生まれたレシピは80を超えるそうです。お店の前にはその日食べられる「生粉打ち」のそば粉の産地や季節限定メニューなどが張り出され、入る前から四季を感じられます。
麵は“江戸そば”。殻から中身を取り出す技術が江戸で発展したことで、現在食べられているような、色が薄くてなめらかな長くのびる麵の形になったため、こう呼ばれます。また、味を左右する粉は「人の手による石臼製粉」を再現した独自の方法で製粉しています。臼の回転数からふるいの目の大きさまで細かく決めることで、そばの実一粒一粒の持つ風味をすべて引き出しているのです。
そばに合わせる汁は、本醸造の醤油と鰹節のだし汁、砂糖、本味醂だけを使った濃厚な甘口。汁づくりは代々、当主がみずからの仕事とする、いわば“一子相伝”の味です。7代目ご当主の金子栄一さん自身も、子どものころから先代や先々代のそば汁やだし汁を毎日口にし、目と舌で味を覚えながら育ったといいます。
「いつも変わらぬものを笑顔で出してください」というのは先代の言葉。金子さんはその言葉を大切にし、味は絶対に変えてはいけないものと考えています。「長年の間には、そばの産地や醤油や鰹など材料の味が変わることもあり、季節や気候によってだしの出かたも違いますが、お客様の口に入るときには“更科布屋といえばこれ”と感じる味に仕上げています」。いつも変わらぬおいしさと気持ちのよいおもてなしで迎えてくれるお店です。