Tokyo

04/27 (土)

【第25回】七十五という数字にまつわる蕎麦の話

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。

※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

いろんな意味で有り難がられた蕎麦

お蕎麦には「二八」「三たて」「十割」「三色」「二十三本」「八寸」等々、数にまつわる話が多く見られます。今回はその中の一つのお話です。信州地方には「そばは七十五日経つと旧に返る」という言い伝えがあります。これはそばが播種から75日で刈取りできる位、実りが早いと言う意味です。


「人の噂も七十五日」と言う様に「七十五日」は、それほど長くない期間の例えとして使われてきた象徴的な日数なのです。もう一つ七十五が使われる例に「初物七十五日」という言葉があります。


初物を食べると長生きできる日数が七十五と言う意味だそうで、初鰹に代表される江戸っ子の「初物好き」が生み出した俗信で、初物を食べると七十五日(ちょっとだけでも)寿命が延びると言う迷信です。


さて話を戻して「そばの七十五日」であるが、品種や栽培時期などによって多少変わるものの、他の穀物に比べて圧倒的に収穫までの期間が短いそばは、荒地や火山灰地にもよく育つとして飢餓に備える意味でも栽培が奨励されてきた穀物でありました。奈良時代には、日照りで米が穫れない時に急場をしのぐ救荒作物に指定された記録もあります。


そば栽培に適した自然条件は、温暖な地域の冷涼な気候と言われています。現在一般的には夏そば(概ね6月下旬から7月に収穫)で70~85日、秋そば(8月下旬以降の収穫)で80~90日が栽培期間とされています。


当店では「夏の新そば」のスタートはおよそ4月初旬に播種された「宮古島産」等を、「秋の新そば」のスタートはおよそ5月が播種の時期となっている「北海道産」等を使用しております。

江戸庶民が待ち望んだ秋の「新そば」

さて江戸庶民の初物好きの春の代表「鰹」に対し、秋の代表は「新そば」で、こちらも大変な人気だったようです。


年越し蕎麦の縁起かつぎで知られるように、元々そばには細く長くと言う長寿を連想させるイメージがある訳です。さらに初物七十五日の俗信が加わるとなれば、なおさら新そばが珍重された事は容易に理解できるところです。


18世紀末の天明期には、「新蕎麦に又生延る長命寺」という川柳も詠まれております。現代人にとってはこんな俗信・迷信は無意味だろうが、走りのそばを今か今かと首を長くして待っていた江戸の人々の心情は実感として理解できるのではないでしょうか。新そばを待ちこがれる思いは「蕎麦の花咲かぬうちから言ひ合はせ」という古川柳にも切々と詠まれております。

金子栄一さん

芝大門 更科布屋 布屋萬吉こと7代目ご当主

この記事を書いたのは...

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。

更科布屋ホームページ

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