江戸の美意識「江戸提灯」で心にもあかりを
17世紀の中ごろに生まれた、手提げ提灯。竹と紙でできているため軽量で、畳むこともできるポータブルな灯りとして重宝されました。今でこそ携帯型照明としての用は他に譲りましたが、提灯は、神社仏閣の他、日本料理店の軒先、伝統芸能の舞台や劇場などで活躍中です。そんな提灯を、150年以上の時を越えて作り続けているのが吉野屋商店です。江戸のいなせの象徴でもある神田祭で、各町会の神輿を彩るのも吉野屋商店の提灯です。注文に応じた文字や紋を提灯に手描きで入れていくという江戸提灯ならではの技術は、東京ではここにしか残っていません。下書きもなしに文字を描き入れていく様は、まさに熟練のなせる技。どんな書体のリクエストでもたいてい書けるそうですが、「吉野屋商店」の特徴的な書体は、遠くからでも読みやすいよう整えられた、すっきりと勢いのある「江戸文字」です。また提灯は、見上げた時に文字が均等に見えるよう、あえて上下のバランスを歪ませて描くというこだわりも。
建て替えられた歌舞伎座の地下に設けられた「木挽町広場」で、空間の祝祭感を盛り上げるために採用されたのもやはり「吉野屋商店」の提灯でした。風格ある鳳凰の紋が描かれた大提灯を作る際はアトリエの天井に提灯を吊り下げ、ぶんまわしと呼ばれる和製コンパスであたりをとって意匠をあしらったそうです。
「道具としては新しい道具に譲った役割も多いけれども、提灯には文化的な意義があると感じます」とは、7代目ご当主・吉野喜一さんの長女である由衣子さん。神社仏閣、商店、個人のお客様、どんなオーダーであっても、お客様のご注文通り、いかようにでも仕上げられることを旨としているそうです。