味が程よく染み込んだ薄い油揚げのいなり寿司
老舗が数多く連なる人形町甘酒横丁。その中ほどにある「人形町志乃多寿司總本店」は、創業140年を超える持ち帰り専門の寿司店です。店先のショーケースには、いなり寿司やのり巻、押し寿司、茶巾寿司など、多彩な品揃えの折り詰めがずらりと並んでいます。折り詰めの組み合わせが豊富なので、どれにしようか迷ってしまいそう。少し先には明治座があり、観劇帰りにこちらでお土産を購入していくお客さんも多いのだとか。
看板商品は、創業当時から変わらない味を守り続けているいなり寿司「志乃多」。その味を“変わらない”ものにするために、製法自体は素材に合わせて細やかに変化させているのだそう。
「醤油や砂糖、油揚げなどの材料は、時代によって仕入れ先が変わったり、素材の質が変化することがあります。たとえば、昔は油揚げを煮たらその日のうちに使っていたこともあったのですが、今は冷蔵庫で3~4日寝かせ、もう一度煮ています。そうした工程を経たほうが、ちょうどよく味が馴染みます」と5代目ご当主の吉益敬容さん。
使う素材によって味のブレが生じないように、手間も時間も惜しまないのが志乃多のスタイルなのです。数年前に油揚げの仕入れ先が廃業してしまったことがあり、その際には理想の油揚げを求めて奔走したそう。
「うちのいなり寿司は甘辛くて濃い目の味つけなので、味がしつこくなりすぎないように油揚げは薄めのものを特注しています。そういう油揚げを作ってくれる会社を、全国で探しました。さらに、油揚げが変われば、最適な煮方も変わります。そこはベテランの職人の勘が頼り。つきっきりで理想的に仕上がる煮方を模索しました」
油揚げをおいしく仕上げるポイントは油抜きの仕方と煮る時間だそう。そこにこだわってこそ、あらゆる世代から愛される昔ながらのいなり寿司が出来上がります。明治座の方向に少し歩くと隅田川沿いの浜町公園があるので、お好きな折り詰めをテイクアウトして青空のもとで味わうのもおすすめです。