令和5年度第1回企画展「家康、波乱万丈!」
国立公文書館では、徳川家康が創始した富士見亭文庫(のちの紅葉山文庫)の旧蔵書を多く引き継いでおり、現在まで大切に保存し、利用に供しています。今回、紅葉山文庫をはじめとした江戸幕府旧蔵書を中心に、「家康、波乱万丈!」と題した展示会を開催します。家康ゆかりの合戦、家康に仕えた多様な家臣たち、書物の出版事業・古記録の書写事業といった家康のアーカイブズという、大きな3つの視点から、徳川家康という人物を御紹介します。
【主な展示資料】
■御実紀(ごじっき)
通称「徳川実紀」と呼ばれ、林述斎(じゅっさい)らにより編纂され、天保14年(1843)に完成した幕府の正史です。初代家康から十代家治に至る歴代将軍ごとの治績を編年体で記し、逸話については、付録としてまとめたものです。全485冊、紅葉山文庫旧蔵。「東照宮御実紀附録」巻22には、慶長7年(1602)、家康が江戸城内「御文庫」を設置したことが記されています。これが紅葉山文庫の始まりと言われています。
■当代記(とうだいき)
戦国から江戸時代初頭の国内政治や経済等の動きを詳細に記した書。著者は播磨国姫路藩主で、家康の孫にあたる松平忠明(ただあきら)(1583~1644)と言われています。全9冊。画像は、元亀3年(1572)12月22日、武田信玄と徳川家康が雌雄を決した三方ヶ原の戦いを記した箇所。この戦いで家康は大敗を喫しました。
■寛政重修諸家譜(かんせいちょうしゅうしょかふ)
幕府によって編纂された大名・旗本の家譜集です。寛政11年(1799)に若年寄堀田正敦(まさあつ)を編集総裁として、寛永年間に成立した家譜集である「寛永諸家系図伝」を全面的に改訂し、新たに諸家から寛政10年までの系図等を提出させ、およそ14年の歳月を費やし、文化9年(1812)に完成しました。画像は、徳川四天王の一人である本多忠勝の箇所。50数度の合戦で活躍するも、一度も傷を受けなかったと言われる、歴戦の勇将です。