伊藤まさこさん
スタイリスト
お話をお聞きしたのは...
1970年生まれ。料理や雑貨など暮らしまわりのスタイリストとして雑誌や書籍で活躍。自他ともに認める食いしん坊で、おいしいものにまつわる知識、情報も豊富。『まさこ百景』(ほぼ日ブックス刊)『伊藤まさこの買いものバンザイ!』(集英社)『おいしい時間をあの人へ』(朝日新聞出版)など著書多数。ディレクターを務める『ほぼ日刊イトイ新聞』内のサイト『weeksdays』を365日毎日更新中。
さまざまなジャンルで活躍する文化人や著名人に、お気に入りの老舗の逸品をご紹介いただき、思い出を語っていただくインタビュー連載。第1回は料理や雑貨、インテリアなどのスタイリングを手掛け、ライフスタイルを提案する著書も数多く執筆している伊藤まさこさんにお話を聞きました。
とにかくかわいい3色のお団子。素朴で飽きのこない味
長年人気スタイリストとして活躍し、その抜群のセンスと素敵なライフスタイルが、幅広い世代の女性から支持を得ている伊藤まさこさん。おいしいものには目がなく、足しげく通う老舗も多いと言います。
今回はその中のひとつ「向島 言問団子」を訪れました。浅草からほど近いものの、街の喧騒から離れた場所にあり、ほっと一息つける空間。こちらのお団子は、小豆餡と白餡で包んだもの。そして白玉粉を餅状にしたものにクチナシからとった色粉で青黄色にし、中にみそ餡を入れた3色のお団子です。まず見た目のかわいさが目を引きます。
「頻繁には来られないけれど、1年に1〜2回、もう何年も通い続けているお店。お店を知ったきっかけはもう忘れてしまったけれど…。たぶん、知り合いに教えてもらって最初はプライベートで来て、その後は取材をさせていただいたり、私の著書でご紹介したりとお世話になっています。近くで予定があると帰りに立ち寄って、おいしいお茶とお団子をいただき、ここでほっとひと息つくのが好きなんです」
3色のお団子は素朴で飽きのこない味はもちろん、見た目も可愛らしいと伊藤さん。落ち着いた店内はリラックスでき、特に春はお店の前に桜が咲いて、眺めもいいのでおすすめとのこと。
「向島 言問団子」の創業は江戸末期。その頃から変わらぬ味を守り続けている3色の言問団子と、大正時代に考案された言問最中。商品はこの2種類のみです。
さまざまなジャンルの食、お店を知り尽くした伊藤さんが、このような老舗に心ひかれるのはなぜでしょうか?
「東京の移り変わりはすごく早いし新しいお店もたくさんできるけれど、老舗ってやっぱり長く続いてきた理由があると思うんです。いつ訪れても同じ味が楽しめる安心感がありますよね。言問団子もそうですが、1〜2種類の同じメニューや商品だけを作り続けているお店が多いのもいいんです。あまりバリエーションがあっても目移りしてしまうから。若い頃は、私も新しくできたお店を探して行ってみたいという欲もあったのですが、40代になってからは同じお店に繰り返し通うようになりました」
行き慣れたお店に繰り返し通う理由としては、失敗がないから。客層も落ち着いている方が多くて安心と語ります。味、お店の雰囲気、客層などすべてにおいて「ここに行けば間違いない」と思わせてくれるのが、老舗の強みとのこと。そして「このエリアに行ったらここに行こう」というお気に入りの老舗が、常に頭の中にあるのだそう。
「浅草、日本橋、神田神保町、赤坂など、各エリアごとにお気に入りの老舗があって。今日は打ち合わせ帰りにこのお店に寄ろうとか、ここで明日の手土産を買おうとか、いつも考えていますね。仕事が忙しくても、こういった楽しみがあると頑張れる気がします」
好きな老舗は一言解説を添えて、友人にもすすめています
お話を伺っていると、どの老舗店にも伊藤さんなりの好きな理由と楽しみ方があるよう。よく利用するお気に入りのお店を教えてもらいました。
「2018年にリニューアルオープンした『とらや赤坂店』は、雰囲気がキリッとしていてかっこいいお店です。併設の菓寮に1人で行ってランチをいただいたり。娘ともよく行っています。また、私は蕎麦屋でお酒を飲むのが好きなので、天ざる・天もり発祥の店と言われる『室町砂場』もたびたび訪れます。日本酒を飲みながらお蕎麦をいただくのが最高です。また、日本橋の『神茂』は練り物の専門店。近くに行ったらはんぺんをさっと買って帰り、家で出汁と少しのしょうゆ、酒のみで煮るんです。他の具は何も入れないで煮て、黒七味などをかけて食べるのが本当においしい。おでん種もよく購入します」
また、自分の好きなお店を、友人同士でおすすめし合うこともあるそうです。
「料理関係の友人や編集者の知り合いが多いので、彼らから教えてもらうことも多いです。例えば、雑貨の卸問屋『松野屋』の松野社長は下町に詳しくて、これまで何度か案内していただきました。その時に教えていただいたのが、水上バスに乗り隅田川から下町を眺め、お酒を飲んで、その後に食事に行くというプラン。それが浅草をめぐる時の定番コースとなりました。行くお店はそのときどきで違いますが、例えば神谷バーで軽く一杯飲んで、洋食屋のヨシカミで食事をするといった感じです」
一方で伊藤さん自身が年下の友人から、いいお店がないかと相談を受けることも多いとか。
「先日も私がおすすめしたお店をひと通り巡ったよと報告してくれた年下の友人がいました。お昼に『小川軒』でランチをして、夜は『ぼたん』で鳥すき焼きを食べて、夜は御茶ノ水の『山の上ホテル』に泊まるというコース。私がすすめたお店を気に入って、こうして楽しんでくれるのは嬉しいですよね。自分が食べて本当においしいと思えるもの、好きなお店を、ひと言解説付きで伝えるほうが説得力があると思うんです。例えば『帝国ホテルの地下にあるビストロ『ラ ブラスリー』は日曜・祝日は通しでやってるから、夕方に銀座でお腹すいたときに行くといいよ』とか、ひと言添えておすすめしていますね」
手土産を選ぶ際には、相手があまり行かないエリアで探す
伊藤さんは、手土産を探す際にも老舗を利用することが多いと言います。『向島 言問団子』でも、翌日に訪れる展示会に持っていく最中を購入していました。
「手土産は、渡す相手があまり行かないエリアにある名店で買うと喜ばれます。知ってはいるけどなかなか行く機会がない名店ってあると思うんです。また手土産を送る際には、送る方をイメージして、相手の人数に合った量と内容で。多すぎても余ってしまうし、やりすぎると相手に気を使わせてしまうので、ほどよい加減を意識します」
ここ数年は、好きで通い続けていた老舗が閉店してしまった経験もあり、いいお店でも継続が難しいことに寂しさを感じていると言います。
「いつもそこにあると思って訪れたら店がなくなっていた、というのはとても悲しい。いいお店は、ぜひ若い世代にも知ってもらいたいです。応援するなんておこがましいことは言えないけれど、できる範囲で老舗の良さを周りにも伝えていって、ずっと残っていってほしいなと思っています」
取材・文/野々山幸(TAPE)
写真/高橋郁子