各界の著名人に、お気に入りの老舗の逸品を語っていただくインタビュー連載。第2回は、手土産に関する著書を多数執筆し、手土産のプロとしてさまざまなメディアで引っ張りだこの文筆家、甲斐みのりさんが登場。「20年来のファン」と公言する「近江屋洋菓子店」の愛すべき手土産から、後半ではお気に入りの老舗の逸品、6品をご紹介します。
甲斐みのりさん
文筆家
お話をお聞きしたのは...
1976年、静岡県生まれ。大阪芸術大学卒業後、京都、東京と拠点を移し、2005年に『京都おでかけ帖』(祥伝社刊)上梓。以降、『乙女みやげ』(小学館)、『地元パン手帖』『お菓子の包み紙』(ともにグラフィック社)など旅行や散歩、菓子、建築、雑貨などを題材に多数の本を執筆。3月末に新刊『日本全国地元パン』を出版予定。Instagramでもお菓子やパン、喫茶店、旅などの情報を日々発信中。
贈るときも贈られるときも特別感を感じる近江屋洋菓子店の「フルーツポンチ」
これまで上梓した本は約40冊。温もりを感じる手土産や、叙情ある散歩、クラシカルな建築など、こだわりの視点で綴られる文章にファンも多い、文筆家・甲斐みのりさん。そんな甲斐さんが20年以上通い続けているのが、明治17年(1884)創業の「近江屋洋菓子店」です。
大きなガラスの扉越しに見える店内は、石造りの床や、見上げるほど高いブルーの天井と、昭和モダンな設えが写り、ノスタルジックな雰囲気を醸しています。店へ足を踏み入れた瞬間、「いつもありがとうございます」と店主の吉田さんから笑顔で迎えられ、言葉を交わす甲斐さん。
「まだ関西に住んでいた20代の頃に雑誌で『近江屋洋菓子店』を知って、わざわざ東京まで、ここへ来るために足を運びました。天井が高くモダンな店内は建築としても素敵ですし、絵本のようなお菓子やパリの風景が描かれたパッケージが愛らしくて、一目惚れでした」
それ以来、多いときは月1で、少なくとも2、3か月に1度は訪れているそうです。今回は近江屋洋菓子店の店内をお借りして、甲斐さんおすすめの東京の老舗の手土産についてお話しを伺いました。まずおすすめの品1つ目は、近江屋洋菓子店の看板商品の1つとしてファンが多い「フルーツポンチ」(3,240円/箱入3,402円)。
「フルーツポンチは、手土産にいただくことが多いのですが、透明なボトルにフルーツがぎっしり詰まっている見た目が可愛くてワクワクします。また、手間をかけて作られた“スペシャル感”も嬉しいですよね。先代の時代から何度も取材させていただいているのですが、フルーツはお店の方が直接買い付けていて、旬のフルーツを丁寧にカットして詰めているというこだわり。いただいたら、フルーツをそのまま食べるのはもちろん、シロップもおいしいので、炭酸を加えてフルーツポンチにしたり、シロップごとヨーグルトに入れたりと、1つでさまざまな味わい方を楽しめるのも魅力です。家の冷蔵庫に「フルーツポンチ」が入ってるだけで機嫌よく過ごすことができます(笑)」
愛情たっぷりに語られる「フルーツポンチ」も、20代の頃は贅沢に感じてなかなか自分で購入できず、「高嶺の花のような存在だった」と語る甲斐さん。ここ数年は人気に火がつき、さらに希少な存在に。時を経て、“特別な手土産”として自分が贈ることも増えたそうです。
「今はショーケースに入る暇もなく予約分のみで完売してしまう日もあるので、事前予約をして買いに行くようにしています。でも、この“いつでもあるわけではない”という特別感を知っているからこそ、贈られる時もすごく有難いですし、贈る時も気持ちが伝わるんだと思うんです」
近江屋洋菓子店の人気商品「苺サンドショート」と「アップルパイ」の思い出
近江屋洋菓子店では、「フルーツポンチ」以外にも思い入れの強い商品がたくさんあるという甲斐さん。現在イートインはお休みしてますが、コロナ禍前は喫茶スペースでケーキを食べるのもお気に入りだったといいます。
「コロナ禍前は、来るたびに『苺サンドショート』(1,080円)をこちらでいただくのが定番でした。好きが高じて、友人の結婚パーティで幹事をした際に、100人分のウエディングケーキを特注したことも(笑)。絵本の中から飛び出してきたかのような見た目の『アップルパイ』(カット486円/ホール4,104円)も、パイがサクサクで美味しいですし、フルーツの自然な甘みや風味を最大限生かすように作られているのが感じられます」
「それから『近江屋洋菓子店』のイートインと言えば、コーヒーや紅茶だけでなくフレッシュな生ジュースも飲み放題だったドリンクバーが名物でした。一人ではもちろん、仕事の打ち合わせや、上京中の父親とも一緒に来たり、思い出が詰まった場所なので、またいつか再開していただけたら近江屋洋菓子店ファンとしてこれほど嬉しいことはありません」
また、近江屋洋菓子店ではアイスクリームも人気。その中でも、特に甲斐さんのおすすめはソフトクリームだそうです。
「テイクアウト用に作られた商品なのですが、クルンと巻いてあって、見た目もすごくかわくて美味しいんです。これを手土産にすることもあります」
元々はパン屋さんだった近江屋洋菓子店の人気パンメニュー
創業当初はパンの販売からスタートしたという歴史を持つ近江屋洋菓子店では、自家製のパンも人気。その中でも甲斐さんが「思い出深い」と語るのが、食パンの上に半熟の目玉焼きが乗った「フレンチトースト」です。今も近くの出版社で撮影などの仕事があるときは、朝1番でお店に立ち寄り、「フレンチトースト」を買って食べるのがルーティーンなのだそう。
「エントランスを入ると右側に洋菓子のショーケースがあって、左側にパンのコーナーがあります。毎朝焼きたてのパンがたくさん並んでいるんですが、お昼前にはたいてい売り切れてしまうことが多いので、意外と知られていないんですよね。もともと『近江屋洋菓子店』はパン屋さんとして創業して、二代目が当時は珍しく海外で洋菓子を勉強して帰国されて……と、歴史が本当に深いんですよ」
東京の老舗で買いたい6つの手土産
雑誌など多くのメディアで、“手土産選びのプロ”としてコメントを寄せている甲斐さん。東京の老舗の中でも、近江屋洋菓子店と並んで特に思い入れの強い6つのお気に入りを紹介してもらいました。
木村屋總本店の「酒種あんぱん 五色 5入」
「創業は明治2年(1869年)と、日本のパンのパイオニアである『木村屋總本店』。静岡に住んでいた幼少期、祖父が毎日仕事で東京まで通っていて、ときどき木村屋總本店の『酒種あんぱん』をお土産に買ってきてくれたんです。また、家族のお出かけで東京に行くときには、木村屋總本店さんのあんぱんをお土産として買って帰るのが恒例になっていたので、私にとっては、まさに“東京の味”。5つの味がセットになっていて、いつも違った味を楽しめるのも魅力です」
酒種あんぱん 五色 5入 1,112円
田村町木村屋の「バナナケーキ」
「新橋にある「田村町木村屋」の創業は明治33年(1900年)。近くにテレビ局や劇場なども多いので、『バナナケーキ』は楽屋土産として多くの文化人たちに愛されてきました。ケーキと言っても、見た目はもっちりとしたバナナクレープで、中身もぎゅっと詰まっているので腹持ちも良く、私も舞台やお仕事の合間に食べていただくように差し上げることが多いです。個人的にもバナナのお菓子が大好きなので、自分用も忘れずに購入しています(笑)」
バナナケーキ 302円
泉屋東京店 麹町本店の「スペシャルクッキーズ」
「創業は昭和2年(1927年)で、大正初期にはすでに、日本で初めての“クッキー”を焼いていたと記録が残ります。子どもの頃、実家では文房具やお裁縫道具などあらゆるものが、あの紺と白の缶に入っていて、よくいただいていた「東京土産」として記憶しています。『スペシャルクッキーズ』特有の“ボリッ”という歯切れが心地よく、とにかく実直で真面目な味という印象で、子どもの頃から慣れ親しんでいました。東京から他の地域に手土産を持っていくときに、自分にとっての東京土産として持って行くことが多いです」
スペシャルクッキーズ 1,296円〜
壽堂の「黄金芋」
「人形町にある『壽堂』は、明治17年(1884年)創業で、老舗感たっぷりの和の店構えも素敵です。今はなかなか見かけない座売りを貫いており、お店へ伺うのもちょっとした楽しみです。1日平均2,000個手作りされるという『黄金芋』(※)が名物で、黄身餡を皮で包んだあとにシナモンの粉がまぶされていて、和菓子なのに見た目が焼き芋に似ているのがユニーク。あんことシナモンという意外性のある組み合わせも好きですし、和菓子特有の紙紐を使ったリボンやモダンなデザインの包装紙もお気に入りです」
※黄金芋は壽堂の考案品です
1個230円/折詰10個入り2430円(写真上)
資生堂パーラーの「花椿ショコラ」(銀座本店ショップ限定品)
「明治35年(1902年)創業の『資生堂パーラー』は、もともと定番のクッキー缶が好きで、あの美しい缶に切手などを入れて使っているんですが、 銀座本店が少し前にリニューアルした記念に発売された銀座本店限定の『花椿ショコラ』は、華やかな東京土産として喜ばれます。メイクパレットのように色が鮮やかで、姿・形が本当に綺麗ですし、銀座本店限定で好きな味を箱に詰めてもらえるサービスがあって、特別感があるんです」
※季節により一部フレーバーが変更となります。※写真はイメージです。
花椿ショコラ(銀座本店ショップ限定品)各270円
たちばなの「かりんとう(ころ)丸缶小」
「かりんとうの老舗として有名な銀座『たちばな』は、昭和55年(1980年)創業。2種類あるかりんとうのうち、少し丸っこい『ころ』は、甘さ控えめで噛みごたえもありお気に入りです。以前は母世代など少し年配の方へお渡しすることが多かったのですが、逆に今はかりんとうを食べたことがないという若い方に差し上げると『自分で買ったことがないので嬉しい』と言われたり、そのおいしさを知っていただくきっかけになります。朱色の缶の佇まいも素敵で、他のお店の缶にはない貫禄のようなものまで感じて、自分がいただいてもとても嬉しい逸品です」
かりんとう(ころ)丸缶小 1,800円
“老舗”にはたくさんの物語があり、「可愛い」や「美味しい」などの言葉以上のものが秘められていると語る甲斐さん。手土産を購入するときは、歴史を調べたりお話を聞いたりするようにして、ストーリーも添えてお渡しすれば、いっそう喜んでもらえるでしょう。
取材・文/藤井存希
写真/高橋郁子