200年以上つくり続ける和菓子で唯一の発酵食品
地域の名所でもある藤棚の下に歩を進め、白い大暖簾をくぐると「いらっしゃいませ」の声とともに開放感あるのびやかな和の空間が広がります。天井が高く、ゆったりと落ち着きを感じさせる喫茶ルーム。奥に続く坪庭には、緋毛氈の敷かれたテラス席がしつらえてあり、亀戸天神境内の茶屋として始まった船橋屋のルーツを思い起こさせてくれます。
初代の勘助は、梅や藤といった季節の花の名所として知られた亀戸天神に多くの参拝客が訪れるのを見て、茶屋を開こうと閃いたのだといいます。そうして茶屋の名物となったのが今も愛されるくず餅でした。
それから200余年、船橋屋といえば「くず餅」。「くず餅」に代表される関東式のくず餅は、葛粉からつくられる関西の葛餅とは違い、グルテンを取り去った小麦澱粉を乳酸菌発酵させ、蒸したもの。船橋屋では天然木の発酵槽の中で450日の間、乳酸発酵させ、毎日職人が蒸し上げています。もっちりとした食感の中にほのかな香りと酸味を感じるのは乳酸発酵の証。「くず餅」は、実に和菓子では唯一の発酵食品なのです。近年では「くず餅乳酸菌」を応用した新商品の開発や、「くず餅乳酸菌」の健康への寄与についての研究結果も出ているそう。
喫茶ルームに掲げられた大看板は、多くの大衆小説や歴史小説を手がけ国民文学作家として知られた吉川英治の揮毫によるもの。執筆休憩のおやつに黒蜜をつけたパンを好み、さまざま試した中で船橋屋の黒蜜が一番のお気に入りだったという文豪・吉川が生涯で唯一残した貴重な大看板なのです。
車椅子でやってきたお客様が昔からの好物としてきな粉と黒蜜をたっぷりかけたくず餅に舌鼓をうつ傍で、若いお客様が写真撮影に興じつつ初めてのくず餅やあんみつの味に目を丸くする。そんな光景がこのお店らしさ。
初代がつくりあげ、江戸の人々を魅了した味は、今でも新しいファンをつかみ続けています。