上野・谷中・日暮里

Ueno / Yanaka / Nippori

徳川家の保護により発展した寛永寺の門前町

三代将軍・家光の時代、寛永寺が建立され、そこに徳川将軍家の墓が作られました。そのことから、寺の周辺が徳川家によって保護され、門前町が栄えたことで発展した街。寛永寺の開祖・天海僧正が桜好きだったことから、吉野の桜をわざわざ移植したのが上野の桜の起源とも伝えられています。谷中・日暮里地域は、寛永寺の子院が多く建てられたことから、寺町として発展。関東大震災や太平洋戦争での被害は少なく、現在でも古い街並みが残っています。