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日本は、百年続く老舗が3万3,000軒以上存在する世界でも稀な国。そのご当主に、老舗を老舗たらしめる“五つの奥義”を伺う連載記事。今回お話を伺った老舗は、寛政元年(1789年)創業、麻布十番に本店をもつ老舗の蕎麦屋『総本家 更科堀井』です。
蕎麦の可能性を“科学的に”追求しているというご当主。伝統的な手法と科学的な考え方を掛け合わせた究極の蕎麦とは?
230年を超える伝統の味。真っ白な「さらしなそば」
総本家 更科堀井の名物は、蕎麦の実の芯の部分だけを使った真っ白な「さらしなそば」。
信州と江戸を行き来しながら信濃布を行商していた初代ですが、信州の領主だった保科家に蕎麦打ちの腕を認められ、江戸で蕎麦屋を開くことを勧められたのが始まりです。
信州そばの集散地だった更級の「級」の音に保科家の「科」の字を当てて、「信州更科そば処」を名乗るようになったと伝えられています。
この日、お店で食事をしていたのは、愛媛県松山から来たというお客様。
「東京に来たときはいつもこちらでお昼をいただきます。お蕎麦そのものが美味しいです」
230年を超える伝統の味を求めて、日本全国からやってくるお客様で連日お店が賑わいます。
老舗 五つの奥義その1:熱湯で湯ごねし、蕎麦をα化して繋ぐ
蕎麦打ち場を案内してくれたのは、総本家 更科堀井九代目ご当主の堀井良教さんです。
「さらしなそばは、蕎麦の実の芯の部分だけの粉を使うので、でんぷん質なんですね。一般の蕎麦は水溶性のタンパク質で繋ぐのですが、さらしなそばはでんぷん質しかないので、α化したでんぷんを糊に使うわけです」
α化とは、でんぷんを水と加熱することで、でんぷん分子が規則性を失い糊状になること。高温の熱湯で湯ごねをするのがさらしなそばの特徴的な製法なのです。
そうして、α化したそばがきと蕎麦粉をすばやく混ぜ合わせます。
「手打ち蕎麦で言うと、『揉んで・のして・切る』わけですが、その揉む工程を『木鉢』と言います。昔から『木鉢三年 のし三月 包丁三日』という言い伝えがあるくらい、揉みの仕事は大事なものです」(堀井さん)
盛り蕎麦は手打ちするのですが、さらしなそばは機械で切るのがポイントです。機械で切ることによって、より柔らかい食感に仕上がります。
老舗 五つの奥義その2:醤油をいかにまろやかに手懐けるか
特注の鰹節を使い、しっかりと煮出して出汁を取ります。
濃口醤油を使うのが、江戸料理の特徴。鰹節の出汁にイノシン酸がたくさん入っているので、それと醤油のグルタミン酸を合わせて塩みを消し、旨味の相乗効果を出しています。
「蕎麦屋の出汁は醤油を手懐けるためのツールですよね。付けつゆを作るための強力な旨味でもあり、しょっぱさでもある醤油をいかにまろやかに手懐けていくか、それが蕎麦屋の出汁の役割なんです。そこに蕎麦屋の仕事の醍醐味があるわけですよ」
醤油をどう手懐けて、独自の味を作るのかというのが蕎麦屋の使命であると、堀井さんは語ります。
作られたつゆは厳重に温度管理された場所に仕舞われます。
堀井さんが見せてくれたのは、「泥たんぽ」と呼ばれるもの。蕎麦つゆを湯煎する際に使う江戸時代から伝わる陶製の道具です。
「金属では駄目なんですよ。陶器だから中に細かい穴が開いているんです。これを熱湯の中につけることで濾過されて、コロイドの大きいものがくっつきます(※コロイドとは、物質が特定の大きさとなって液体などに分散している状態)。そうやってコロイドを取ってしまうことで、滑らかなおつゆができると言われています」(堀井さん)
老舗 五つの奥義その3:しっかり締めて蕎麦のコシを立たせる
蕎麦の茹で釜は火が前から当たるようになっているため、蕎麦がお湯の中でぐるぐると泳ぎます。3回半くらいで上げるのが「蕎麦の上がり」と言われているそう。
さらに洗い桶で蕎麦を洗います。最後に、冷たくて綺麗な水(化粧水)をかけることで蕎麦をしっかり締めます。よく冷やした蕎麦をざるに取って余分な水を切り、せいろに盛って提供します。
「蕎麦屋には『茹で前は恥』という言葉があります。茹で前というのは、“早過ぎる”ということ。いわゆる今流行りのアルデンテは蕎麦屋にとっては恥なんです。しっかり火を通してしっかり締める、そのことでピンとした蕎麦ができます。蕎麦のコシは『あるもの』じゃなくて『立つもの』。蕎麦の角がピンと立って、それが喉に当たるのが心地良いんですね」(堀井さん)
“蕎麦のコシは立つもの”。そのためにも、蕎麦をしっかり冷やすシステムが重要なのです。
老舗 五つの奥義その4:蕎麦の可能性を追求
「美味しさを味わうことは、人間が生きる上で大事な幸せである」と堀井さんは確信します。なるべく多くの人に蕎麦の美味しさを知ってほしいという思いから、近年では通信販売も行っているとのこと。
その思いは海外にまで。
現在はニューヨークにも支店があり、様々な国の人々が更科堀井の蕎麦を口にするようになりました。
「何が変わったというわけではないのですが、ニューヨーカーが蕎麦を食べている画像を向こうの店長がインスタグラムに上げているのを見ると、なんだか感無量なものがありますよね」(堀井さん)
老舗 五つの奥義その5:あなたのそばに口福を
総本家 更科堀井の企業理念は『あなたのそばに、いつも日本の蕎麦と口福を』。「口」に「福」と書いて「こうふく」と読む、食べ物屋だからこその理念です。
その理念に従って、お客さんはもちろんのこと、従業員、取引先、地元の人々……蕎麦を中心に縁する人々全てが“口福”になるよう努めています。
更科堀井の従業員、藤田華菜さん(29歳)はこう話してくださいました。
「昔からかっこいい仕事がしたくて職人に憧れていました。周りからは、女の子でも大丈夫なの? と言われましたが、社長は『女性だってどんどんやればいいよ』と応援してくれて、蕎麦が打てるようになりました。新しいことを取り入れてくれる企業だからこそ、230年以上も続いているのだなと感じています」
お金になるかならないかではなく、「繋がっているものが口福になるような貢献をする」のが大事であると堀井さんは言います。それが結果としてお金になって帰ってくることもあると、重々承知しているのです。
老舗の使命とは?
230年以上の歴史を持つ更科堀井には、何代も通い続けているお客さんも多くいらっしゃいます。
「そういう人の存在を意識して、皆様の幸せのために貢献していこうという意識を強く持っていたいですね」(堀井さん)
美味しい蕎麦の力で繋がりのあるもの全てを幸せにする。堀井さんはそんな老舗としての使命を胸に今日も商いを続けます。
スターマーク株式会社
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