Tokyo

11/21 (木)

SNSのフォロワー数は2.5万人! 現代のツールを使いつつ、老舗の味を届ける日本最古の弁当屋「日本橋弁松総本店」

「日本橋弁松総本店」のはじまりは文化7年(1810年)、日本橋の魚河岸に開かれた「樋口屋」という食事処まで遡ります。それから213年、「樋口屋」は「日本橋弁松総本店」という名の弁当屋になり、大勢のお客様の舌を喜ばせています。そんな日本最古の弁当屋を取り仕切る八代目の樋口純一さんにお話を伺います。

前編の記事~

林:初代からご当代に至るまで、いろんなイノベーション、革新があったかと思います。具体的にどんなことがあったのか、教えていただいてもよろしいでしょうか。

樋口純一さん:嘉永3年、1850年というのは、この弁松という弁当屋が創業した年です。実はうちの前身は、魚河岸の中にあった食事処でした。そちらは文化7年、1810年なので、少し前に創業していて、「何代目」っていうのはそこからカウントしています。初代、二代目、三代目までは食事処をやっていました。食事処で定食とかいろいろ出していたのですが、量がものすごくたくさんだったようで、コスパも良かったらしいです。でも魚河岸の中にあるということは、お客さんのメインも魚河岸関係者です。当時の魚河岸というのは、冷蔵庫も冷凍庫もまだなく、朝に仕入れた魚をお昼までに売ってしまわないと傷んでしまうということで、何となく、皆がセカセカしていたわけです。だからご飯を食べるときも急いでかきこんで帰ってしまうような感じでした。

 

でもうちは量がたくさんあったので、食べ切る時間がなかったのです。だからお客さんは残して帰ってしまっていました。それを見たうちの初代が「もったいない」と、残ったおかずを竹の皮や、経木という木を薄くスライスしたものにくるんで持って帰ってもらうサービスを始めたのです。しかもお客さんに好評だったらしいです。そのうちお客さんの方から、「最初から全部持ち帰りで作ってくれ」というアイデアが出て、それでテイクアウトとイートインとを、両方やるようになりました。

 

時代は流れて、三代目の時にはテイクアウト、つまり仕出しの需要の方が、割合的に圧倒的に多くなったらしいです。それで食事処はもう辞めてしまい、仕出し弁当屋1本にしようと、そこで業態変更をしました。食事処のときは名字をとって樋口屋という屋号だったのですが、三代目のとき、三代目が「樋口松次郎」という名前で、まだ食事処をやっていたのに、その辺りのお客さんは弁当屋という認識だったらしく、「弁当屋の松次郎」という愛称で呼ばれていました。そこで完全に弁当屋に業態を変えようという時、「弁当屋の松次郎」を縮めて「弁松」という屋号に変えました。そこで業態が変わったということです。イノベーションと言っていいのか分かりませんが、そこからはずっとぶれずに、弁当中心で来ました。

林:なるほど、お店の名前はそういう由来だったのですね。

樋口さん:それぞれの代でいろいろなことがあったと思いますが、戦後、先々代のときにデパートに初めて出店しました。ご近所の日本橋三越さんというデパートに出して、そこから先代の時にはもっといろいろなデパートに出店をし、一気に売り上げが伸びて大きくなっていきました。そこも1つ、イノベーションだったのかなと思っています。ちょうど景気も良かったので、どんどん拡大していく方向で、その時代には合っていたと思います。ただその後にバブル崩壊などでどんどん景気も落ちてきたので、自分の代に変わってからは、少し縮小方向でやっています。身の丈に合った会社の規模でやっていくのが、一番いいかなと思います。

 

ひと昔前と比べて、今は働き方改革とか、労働環境もいろいろ気にしないといけませんし、そもそも働き手がなかなかいない。食の方でもHACCP(ハサップ)などいろいろな法律があって、昔に比べて同じ仕事だけではなく、プラスアルファで守らないといけないルールというのが増えてきました。それらをちゃんと守りつつ、やっていくのが大変ですね。

林:結構、そこは単なる革新というより何か対応を迫られてやらなきゃいけないような。

樋口さん:そうですね。そして、イノベーションと言っていいほどではないのですが、やはり昔ながらの調理方法はちゃんと継承して守りつつ、一部、冷凍を使っています。まとめて仕込みをしてしまい、冷凍保存しておくのです。何十年も前の冷凍といえば、とても品質が悪いというイメージでしたが、最近は、例えばおせち料理なども有名な料亭やホテルでも、「冷凍おせち」というのを作っています。むしろ冷凍した方が、品質が保てるケースも多いです。そういう風に、いろんな新しい調理方法も取り入れつつ、何とか労働時間を減らしたり、少ない人数でできるようにしたりと工夫していますね。

林:そうですね。やはりそういうところは、変わってきている一番の部分だと思うのですが、さらに最近は情報発信を盛んになさっていますね。

コロナを機にはじめたSNSがバズった

樋口さん:きっかけは、新型コロナウイルス感染症です。2020年2月頃からもう影響が出てきていました。緊急事態宣言は出ていませんでしたが、だんだん「謎の感染症が流行っている」みたいな感じでした。2月、3月は卒業式のご注文など、毎年、結構大口の注文があるのですが、そういうのが軒並みキャンセルになりました。雲行きが怪しかったので、何かお客さんとの繋がりを作っておいた方がいいかなと思いました。その頃、弊社ではSNSは何もやっていませんでしたが、今更ながら何かできるかと思い、中でもツイッターが、一番相性が良さそうだったので始めたところ、運が良かったのもありますがトントン拍子にフォロワーさんも増えて、今、すごく情報発信ができるツールになっています。

 

それをやって思い知ったことがあります。これはよその老舗さんにもお伝えしたいのですが、「自分のお店なんか、お客さんは全然認知してない」です。それぐらいのスタンスでいた方が良いということです。「うちの事はみんな知っているだろう」というスタンスでいくと、そうではない。仮に名前ぐらいは知ってくれていたとしても、どこのデパートで何を売っているかまで知りません。ホームページを見れば書いてありますが、そこまで自分から情報を取りにいかない人が多い。だから「三越で売っています」という情報も、弊社は1度流せばみんな知ってくれたと思ってしまいますが、そうではなく、毎日しつこく告知するぐらいでないと、お客さんには届かないっていうのを思い知りました。

林:すごいですね。なんとフォロワーが今、2.5万人もいらっしゃるということです。老舗さんのアカウント運用例では大成功の部類に入ると思うのですが、何か工夫されたことはありますか?

樋口さん:基本的に、毎日発信を心がけています。あと、やはりお客さんは新商品の情報もそうですが、働き手の顔、作り手の顔が見える方が興味を持ってもらえるかと思います。顔はあまり出しませんが、どういうふうに調理してるかとか。あと、販売員は常に顔出しをしているので、販売の人に少し顔を出して挨拶してもらったりしています。

 

よく流しているのが、賄いです。飲食店の、また食品工場の賄いではどういうものを食べているのかと興味を持ってる人が、意外に多いかもしれません。毎朝、担当者が動画を撮って流すわけですが、最近では「本業よりも賄いに力を入れているのでは」というくらい熱心です。お客さんから、レシピを教えてほしいといったお願いもあるらしいですが、ただレシピを作ろうにも、15人前とか20人前なので、なかなか難しいです。小さじ何杯ではなく、何ccという話になりますから。

林:調味料をガサッと大量に入れているわけですね。

樋口さん:味付けも適当というか、もうきっちり測らないで作っているようなので、なかなかレシピ化は難しいです。

林:上手な皆さんが、目分量で、いい感じで作っている。「昨日の美味しかったな」と言っても再現が難しいかもしれませんね。

樋口さん:あと賄いについては、基本的に「まずい」と言ってはいけないルールにしています。普段扱わない食材の練習という意味もありますので。だから具材も味付けも、担当者の好みで作っていいんです。それに対して「まずかった」などと言うのは無しです。何か言うなら、次の日はあなたが作って、ということです。

林:上手な皆さんが、目分量で、いい感じで作っている。「昨日の美味しかったな」と言っても再現が難しいかもしれませんね。

樋口さん:ツイッターでも、意外と全国にうちのお弁当を食べたいと言ってくださる方が多いというのが分かりました。ただ、今、コロナの影響でなかなか東京に行きづらいという方も多いので、そういう方のためにできるだけ全国にお届けできるように。通販や、保存ができるような形態での販売という、そちらの開発を頑張っていきたいと思っています。

林:技術も変わってきています。最後に、見ていただいている皆さんに、一言お願いします。

樋口さん:もしうちのお弁当を、まだ一度もお召し上がりになったことがないという方がいらっしゃいましたら、ぜひ弊社の「甘辛の濃ゆい味」を。そう呼んでいる味は、初めての方はちょっとびっくりしてしまう味かもしれません。しかし、これが江戸時代から続いているお弁当の味だと、江戸の文化の体験としてぜひ一度、お試しください。

コロナを機にSNSをはじめ、そのフォロワー数は2.5万人にもなった「日本橋弁松総本店」。老舗でありながらも「自分のお店なんか、お客さんは全然認知してない」という謙虚な姿勢で、いまも宣伝活動に力を注いでいます。老舗の味と、現代ならではのツール。この2つを武器に戦う「日本橋弁松総本店」はやはり、弁当屋の最前線に立つブランドと言えるかもしれません。

※この対談を動画で見たい方はコチラ

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