Tokyo

05/14 (火)

伝統文化を残していくため、職人の待遇も考慮する。老舗「江戸屋」が考える、“後継”とは

刷毛・ブラシは家財や漆器、清掃から化粧までさまざまな用途で我々の日常を支える、縁の下の力持ち。そんな刷毛・ブラシを長年にわたって作り続けてきたのが享保三年(1718年)に創業した「江戸屋」です。その十三代目ご当主・濵田保雄さんに、刷毛・ブラシにかける思いや職人技についてうかがいます。

前編より続き〜

ヘアトリート・化粧用から工業用まで、ブラシの用途はさまざま

林:さて、こちらは見覚えがあるブラシです。

濵田さん:これは髪の毛をとかすための豚毛のヘアブラシですね。

林:なぜ、豚毛が使われているのでしょうか?

濵田さん:コシがあって、地肌までしっかり届き、頭皮の余分な脂を繰り返しとかして毛先まで運ぶことで全体にツヤを出してくれるんです。ひと穴に何十本と毛が植わっているので、この間を髪の毛が通り、キューティクルを撫で付けてツヤが出てくるという原理ですね。

林:このブラシのお手入れはどのようにすればよいのでしょうか?

濵田さん:毛束がたくさんあるので、埃が毛先にたくさん絡んでくるんですね。そこで登場するのが、ブラシのブラシ、『ブラシクリーナー』です。埃が上部にあるうちにこちらで払い落してあげるのが、ブラシを長持ちさせる一番のコツです。

林:使ったらこまめに取り除くのがよさそうですね。

濵田さん:はい。なるべくこまめに取り除き、水では洗わないほうが長持ちするかと思います。

林:人間の髪の毛もあまり洗いすぎるとよくないと言いますからね。そして、こちらの持ち手が細くなっているのは?

濵田さん:リスの毛を用いた、最高級のお化粧用ブラシです。

林:リスの毛といえば書道の筆などでも用いられることがありますよね。

濵田さん:非常に軟らかくデリケートで、蒔絵に表面を装飾する金粉を払い落す際なども用いられることがあります。お化粧で使っていただいても「ツヤの上がり方が違う」「明るさが出る」と言っていただいておりますね。

林:これは、メイクされる皆様、必見でございます。江戸城の方々も使われていたのでしょうか?

濵田さん:形は先ほどの、白粉用のものだったかと思います(笑)。

林:そちらの緑のブラシはまた大きくこれまでとは趣が異なりますね。

濵田さん:こちらは、工業用ブラシです。たとえばジャガイモなどの野菜を洗う機械の中などで使われているブラシです。

林:BtoC(消費者向け)だけでなく、BtoB(ビジネス用途)でも用いられているんですね。こんなところにも昔からの技術が使われているとは。

濵田さん:生活の一部として、ブラシはいろいろな部分で活躍していますので。半分はまばら、半分は密に毛を配置するなど、工業用ブラシでも、お客様のオーダーにお応えして工夫を施しています。

江戸屋ブランドが300年以上続けられた秘訣とは?

林:こんなにも種類が存在する江戸屋さんのブランド。長く続けられた秘訣にはどのようなものがあるのでしょうか?

濵田さん:お客様のご要望にお応えすることはもちろん、それを繰り返すことで信頼を積み上げ確立してきたのが弊社のブランドだと思っています。

林:親子で代々、江戸屋ブランドを愛好するようなお客様もいらっしゃるのでしょうか?

濵田さん:そうですね。お父上が使われていた洋服ブラシをご子息が受け継がれたという話も耳にしたことがあります。

林:そんなに長持ちするのですね。そうして代々同じ愛用品を受け継ぐというのは素晴らしいですね。

技術を担う職人に、正当な対価を支払い伝統をつなぐ

林:読者の皆さんに向けて、濱田さんからメッセージをいただけますか?

濵田さん:弊社では、お客様の満足度はもちろん、技術を担う職人の育成や正当な対価を支払うことも大事にしているということをお伝えしたいです。

林:やはり、先立つものがなければ後継者も現れませんからね。

濵田さん:がむしゃらに続けてほしいといっても、生活ができなければ伝統は途絶えてしまいます。なかなか難しい課題ではありますが。

林:ある方が「職人さんがモテる世の中にしたい」と話していました。そうしたはっきりとしたメリットがなければ「やりたい!」という方はなかなか現れづらい気がしますね。

濵田さん:特に、うちなどは「作品」ではなく「道具」を扱っていますから、より日の目を見ずらい状況にありました。そんな状況を変え、なるべくお仕事を続けていただけるように心がけて改革に取り組んでいます。

林:事業承継は伝統工芸共通の課題かと思います。原料の面で苦労されていることなどもあるのでしょうか?

濵田さん:弊社も材料の量自体は輸入で獲得できているのですが、品質面では課題があり、昔は8割、半分は使えていたものが今では3割しか使えないこともあります。

林:世間にはそのような課題の存在がまだ伝わり切っていない部分もあります。こうした場で広めることができれば幸いですね。「結構やせ我慢しているんだよ」という老舗の声も伺ったことがあります。今は世間的に値上げトレンドですが、老舗の方はそのあたりも非常に慎重な印象があります。

濵田さん:原料の値段が上がっても、なかなか値上げに踏み切れないことは確かにあります。なるべく良いものを手に取りやすくご提供したいという思いがありますので。

林:この先、「アート」「工業製品」、その中間の「伝統工芸品」といった選択肢があるとすれば、どの方向性を江戸屋では目指しますか?

濵田さん:弊社はアート作品というよりも、良い道具を適正な値段で使っていただく、商人でありたいと思っています。

林:ブラシ・刷毛にこだわっている道具屋さんというのは日本にそれほどありません。江戸屋さんの目利きは唯一無二の価値があると思います。

濵田さん:このまま、良いものを適切な値段で、職人さんにも適切な対価を支払いながら作っていきたいと思っております。今後ともどうぞご愛顧のほどよろしくお願いいたします。

糊刷毛、毛判や洋服ブラシから工業用ブラシに至るまで、江戸屋の商品の数々には、ときに採算度外視とも思える職人のこだわりが込められていました。だからこそ、十三代目ご当主濵田保雄さんは、職人を大事にするお店であることを大切にし、待遇の向上に努めているのでしょう。

※この対談を動画で見たい方はコチラ

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