一子相伝の技術で300年余。家族の絆がつくる繊細な和菓子
慶應義塾大学三田キャンパス正門のはす向かいに位置する秋色庵大坂家。店に足を踏み入れると、ショーケースの中に整然と並べられた色とりどりの和菓子が迎えてくれます。
屋号や菓銘にもなっている「秋色(しゅうしき)」とは、江戸時代に店の娘として生まれ、女流俳人として活躍したお秋の俳号。秋色が13歳の時に上野公園へ花見に行き、花見酒に酔う人を見て詠んだ『井戸端の 桜あぶなし 酒の酔』という句は江戸中の話題になり、講談の演目にもなりました。この句にちなみ、店の包装紙には可愛らしい桜の花があしらわれています。また、店の片隅には「秋色女」を描いた錦絵のレプリカも慎ましやかに飾られていました。
店の奥には工場があり、18代目ご当主の倉本勝敏さんと、その跡を継ぐ予定の娘さんご夫婦が共に全ての商品をつくっています。親から子へ、一子相伝で和菓子づくりの技術を引き継いでいくのがこのお店の在り方なのです。
「50年ほど和菓子をつくっていますが、天候によっても日々塩梅が違うんですよ。それを見極めるのはいまだに難しいものです」と、ご当主の倉本さん。「いい材料を使っていい技術でつくるというのが全てにおいての基本です。それ以外の“こだわり”は、実はあまりないんですよ。だってうまいものをつくるために一生懸命になるのは当たり前のことだからね」。気さくに語るその姿からは、300年続く格式ある老舗の看板を背負いながらも、日々の菓子づくりの仕事の一つひとつを大切にしている職人の心意気が垣間見えました。「定番商品の『君時雨』『織部饅頭』『若草』の3つを食べていただくと大坂家の味がわかります」と倉本ヒロ子さん。それぞれのお菓子のためだけに練られた餡の風味の違いを楽しむのも一興です。