

平安時代中期に関東を支配した武将・平将門の首が埋められたと伝えられる場所です。朝廷に反乱を起こした将門は940(天慶3)年に討たれ、首は京都に運ばれてさらされました。しかし、故郷を懐かしんだ首は関東に向かって飛んでこの地に落下し、村人は首を埋めて塚を築いたと伝えられています。鎌倉時代に疫病が蔓延すると将門霊の祟りのためとされましたが、時宗の他阿真教(たあしんきょう)上人が石塔婆(板碑)を建てて供養すると、疫病は収まったといわれます。関東大震災で塚は取り崩されましたが、板碑は残されました。2021(令和3)年に大幅に改修され、人気のパワースポットとなっています。







