1881(明治14)年に明治の民権家・千葉卓三郎と旧五日市町(現あきる野市五日市)の青年らによって起草された「五日市憲法草案」は、自由民権思想にあふれた非常に民主的な内容をもつ私擬憲法草案として知られています。このことが広く知られるようになったのは、1968(昭和43)年にあきる野市五日市の旧家の土蔵で草案が見つかり、その存在が明らかになってからのことです。その後、草案の起草者の千葉が校長を務めていた五日市小学校の近くに、後世の人々に広く知ってもらうために草案の概要を説明する石碑が建てられました。社会科の教科書にも写真が掲載されている歴史的なモニュメントです。