奈良時代、聖武天皇は仏教によって国の災いを鎮めるため、全国に国分寺の建立を命じました。これによって創建されたのが武蔵国分寺で、その寺地は、都と武蔵国府(現府中市)を結ぶ古代官道「東山道武蔵路」が通る交通の要地でした。当初の伽藍は中世には焼失してしまいましたが、江戸時代には寺跡は江戸近郊の名所として知られるようになり、1922(大正11)年には国の史跡に指定されました。現在は金堂跡・講堂跡・七重塔跡などが史跡として整備され、一部は公園となっています。また近くには、古代の国分寺の後身にあたる国分寺薬師堂や国分尼寺跡もあります。