【第22回】お寺とお蕎麦の切っても切れぬ関係

芝大門 更科布屋 店主の独り言 更科そば 蕎麦

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

ソバは穀物ではなく野菜の一種

蕎麦はご存知の通り、江戸と言う地域と関係の深い関係の食べ物でありますが、もう一つお寺とも切っても切れぬ縁がございます。蕎麦店の屋号に「庵」がつくお店が多いのもこうした理由からであります。

麺状になったそば切りが生まれるずっと前から、蕎麦と寺との関係は始まります。寺の僧侶たちには厳しい修行がありますが、その一つに「火断ち」「五穀断ち」といった荒行がございます。「火断ち」とは読んで字の如く、食べ物を火で料理することなく食べる事も含めて、生活全てから火を一切無くす修行をさします。「五穀断ち」とは米・麦・粟・キビ・豆を口にしないという命にも関わる荒行です。

「木食上人」なる人は、一切五穀を食べずに修行を積んでいる偉いお坊さんのことだそうで 、言い伝えでは木を食べて生きている事になっています。しかしながらここで幸いな事に五穀に「ソバ」は入っておりません。ソバはどうやらタデ科の1年草と言う事で野菜の仲間とされていたようです。余談ですが、現在でもソバは穀物ではありますが、「雑穀」扱いとなっております。

僧侶の生命も支えた栄養豊富なソバ

話を戻して、豆が穀物でソバがそうでないとは上手く考えたもので、米より優れた蛋白質を豊富に含むソバを食べていれば、炭水化物と蛋白質は補えますから僧侶にとっては有難い食べ物であったのでしょう。この時代庶民は、自分で捕ったり経済的に許せば魚鳥類と言った動物性蛋白質も食べる事が出来ましたが、寺の僧侶に生臭物は厳禁です。

肉体の維持のために必要な蛋白源としてもソバが好都合だったと思われます。「火断ち」にとってもソバは好都合です。水に溶いても食べられますし、生のまま粒を噛んだり、粉にして舐めても消化できるのがソバであります。修行僧は挽いたそば粉を持ち歩き、谷川の水で溶いて飢えをしのいでいたと言われています。少し前になりますが、登山家などもソバを非常食に使っていたと言う記述もあるそうです。

この様に蕎麦と僧侶には深い繋がりがあり、そば切り発明以降も必然的に寺では蕎麦が打たれ、非常に上手な僧侶がたくさんいたとされています。面白い話では江戸時代浅草にあった道光庵なるお寺には「不許蕎麦入境内」と言う石碑があり、蕎麦打ちの名手であった住職の蕎麦を食べようと参詣もせずに人が集まり、お経を上げる暇もなくなる程となった事から、寺の規律を乱すとして蕎麦を門前払いするこの碑が建てられたといわれています。

この記事を書いたのは…

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。
更科布屋ホームページ

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