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十三や櫛店|創業1736年、薩摩つげの櫛を十五代目が語る【動画】

十三や櫛店(じゅうさんや くしてん)は、東京・上野の不忍池のほとりで、つげ櫛だけを作って売っている店です。創業は元文元年(1736年)。徳川八代将軍・吉宗の頃にこの地で始まり、以来290年、一度も場所を動かしていません。

店の名前は、江戸の言葉遊びから来ています。「く」を九、「し」を四と見立てて足すと十三。それで「十三や」。櫛を売る店であることが、屋号を見ただけで分かる仕掛けです。作られた櫛の表には、いまも「十三」という小さな刻印が押されます。

agataJapanのYouTubeチャンネル「日本の老舗」では、十五代目・竹内敬一(たけうち けいいち)氏が語る約30分のインタビューを公開しています。一般社団法人江戸東京ブランド協会の企画「江戸東京ブランド巡り — 江戸のスゴ技、うまいもの教えます」の第12回です。この記事では、動画の内容に加えて、創業と沿革、約60に及ぶ製作工程、つげという木の性質、そして櫛を買える場所を、公式サイトや台東区の公開資料で裏を取ってまとめました。(本文の事実関係はいずれも2026年10月15日に確認しています)

動画で語られているのは何か

動画は2022年11月20日の公開で、長さは30分37秒。聞き手に答える形で、十五代目が櫛づくりの道具と工程、材料のつげ、櫛の形の話をしていきます。この回には章立て(チャプター)が設定されていないため、以下は動画の概要欄と、同じ取材をもとにしたagataJapanの連載コラム(前編・後編)から、話題の並びを整理したものです。タイムスタンプは動画側に用意がないため記していません。

  • 十五代目が継ぐまで — 中学生の頃から「櫛を一枚磨いたらいくら」という形で手伝い、1986年(昭和61年)に高校を出て修業に入った経緯
  • トクサを貼った棒 — 桜の板にご飯粒の糊でトクサを貼り、歯の内側を一本ずつ磨く。店の仕事の中心にある道具
  • 受け継がれる道具 — 廃業した櫛屋の道具を買い取り、自分に合うよう作り直して使い続けてきたこと
  • 燻してから五年寝かせる — つげを燻してアクを抜き、最低五年の自然乾燥を経てはじめて材料になる
  • 丸鋸で歯を「引く」 — 唯一機械を使う工程。その先の歯ずりは江戸時代から変わらない手仕事
  • 国産のつげだけを使う理由 — 鹿児島県の指宿・開聞岳周辺・頴娃町のつげしか扱わないという方針
  • 東型となにわ型 — 江戸の櫛はなで肩、大阪の櫛はいかり肩。いま全国で主流なのは江戸の形だという話
  • 「十三」の刻印 — 刻印に恥じないものを作ることが、そのままブランドだという考え方

十三や櫛店とは

創業は元文元年(1736年)。台東区が公開している「江戸創業事業所」の資料でも、正式名称を十三や櫛店、創業を1736年、代表者を十五代目・竹内敬一氏としています。所在地は東京都台東区上野2-12-21。JR上野駅・御徒町駅から徒歩7分、東京メトロ銀座線の上野広小路駅からは徒歩5分の場所です。

公式サイトによれば、初代は「清八」。もとは仙台藩の下級武士で、生活の苦しさから櫛づくりを始めたという言い伝えが残っています。脱藩していたために藩の名も名字も店名に使えず、そこで「く」と「し」を足して「十三や」と名乗ったという話も伝わっています。ただし1923年(大正12年)の関東大震災で創業期の資料は焼け、古い記録はほとんど残っていないとされます。

店は創業から現在まで、同じ上野・池之端の場所にあります。十五代目は連載コラムで「今はいい場所なんですが、昔は実は裏路地でして」と語り、震災のあとの区画整理で店の前が大通りに変わったと説明しています。(なおコラムではこれを「昭和7年の関東大震災の区画整理」としていますが、関東大震災は大正12年=1923年です。不忍池の周囲では1929年以降に築堤工事が行われており、店の前の道が整えられた時期はこの一連の復興事業の中と考えられます。年の特定はできないため、ここでは「震災のあとの区画整理」と記しています)

十五代目・竹内敬一氏が仕事に入ったのは1986年(昭和61年)、高校を卒業してからです。先代の父親からは一言も「継げ」と言われなかったが、周囲に勧められて後を取ることを決めたと語っています。ただし本格的な修業の前から、仕事場と自宅が一緒の環境で「完全に門前の小僧状態」だったとも述べており、スタートラインで「三つ四つ得していた」と振り返っています。

受け継いできたもの — 約60の工程

台東区の資料は、一般的なつげ櫛が約40工程で作られるのに対し、十三や櫛店では約60工程をかけると記しています。公式サイトも「60工程以上の手作業」と説明しており、ZOZOの職人取材では、この工程数は文化庁の取り組みで製造工程を記録した際に判明したものだと伝えられています。

工程の順に見ていくと、まず材料のつげを製材し、燻してアクを抜きます。十五代目は「生木のまま何年寝かせても、櫛にすると暴れて駄目になる」と語り、燻すことで初めて自然乾燥の意味が出ると説明しています。乾燥は最低五年、大きさによってはそれ以上。「この処理をしてあげれば、たとえば50年間置いてから作ろうとした時でも、材料が駄目になっていない」とも述べています。家の中には年数のタグを付けた材が積み上がっているそうです。

乾いた材は丸鋸で歯を一本ずつ「引き」ます。ここが唯一の機械化された工程です。その先は手の仕事になります。まずサメ皮を貼った棒で粗削りをし(サメ皮はわさびをおろす道具と同じ原理です)、鋼のヤスリで整え、最後にトクサを貼った棒で歯の内側を一本ずつ磨いていく。これを「歯ずり」と呼びます。大きめの櫛では、この動作が数千回に及ぶといいます。

仕上げのツヤは、鹿の骨で面を潰して出します。磨き自体はトクサの段階で終わっていて、骨はツヤを出すためだけに使う道具です。

ご飯粒で貼るトクサの棒

道具そのものも店で作ります。トクサは粒状のものを煮て柔らかくし、中の筋を取ってから、桜の薄い板にご飯粒を練った糊で貼り付けます。板に桜を使うのは、つげより少し柔らかい木でないとトクサが負けてしまうからです。糊にご飯粒を使い続けているのは、剥がれたり切れ味が落ちたりしたときに、お湯に漬ければすぐ剥がせるからだと十五代目は説明しています。一度貼ると櫛およそ30枚、日数にして10日ほどもつそうです。

櫛屋という仕事について、十五代目は「つぶしの利かない職業」と言います。櫛屋は櫛しか作れない。だから同業が廃業したりやめたりして跡取りがいないとき、その道具を買い取り、自分の手に合うよう作り直して使い続ける。「私が今使っている道具も、誰が使っていたかわからないぐらい古いもの」だと語っています。道具を通じて、顔も知らない職人の手が今日の仕事につながっているわけです。

変えてきたこと、変えなかったこと

変えたのは歯を引く丸鋸と、表面を磨く一部の機械です。公式サイトは「歯挽きや表面磨きには機械を使いますが、製法の伝統は守っています」と書き、最も重要な歯を磨く作業は必ずトクサを使って手で仕上げる、それがこの店ならではの技だとしています。

変えなかったのは材料です。十五代目は「うちは完全に日本の鹿児島、指宿ですとか開聞岳の辺り、あとは頴娃町の方で切ってもらって、そこの土地の柘植だけです」と語り、国産の最高級材しか扱わないと明言しています。産地の組合に属する生産者は、取材時点で3軒ほどだといいます。

もうひとつ変わらないのが「十三」の刻印です。十五代目は「これがあればうちの櫛ですよ、間違いないですよ、と。この刻印に恥じない、これがイコールブランドだと思って日々作っています」と語ります。公式サイトによれば、昭和以降に同じ名や紛らわしい名を使う店が現れたため、屋号を守る目的で商標登録を行っています。暖簾分けはなく、店は東京・上野の一軒だけです。(「十三や」という屋号を名乗る櫛の店は他の地域にもありますが、この記事で扱うのは上野の十三や櫛店です)

つげという木 — なぜ五年も寝かせるのか

つげ(黄楊)は学名を Buxus microphylla var. japonica という日本固有の変種です。山形県・佐渡島以西の本州から四国、屋久島以北の九州に自然分布します。木目が細かく、道管が均一に分布するため、加工したあとに狂いが生じにくい。乾燥後の比重は0.8で、木材としてはかなり重い部類に入ります。

その代わり成長が極端に遅く、福岡県の古処山では樹齢1000年を超える個体でも高さ12メートル、幹周1.7メートルほどにしかなりません。材が小さくしか取れないため高価になり、昔から櫛のほかに将棋の駒、印章、そろばんの珠、三味線のバチといった、小さくて狂いが許されないものに使われてきました。五年の乾燥が必要なのは、つげが密すぎて、短時間の加熱では表面の水分しか抜けないからです。

紛らわしいものが二つあります。庭木でよく見るイヌツゲはモチノキ科で、つげとはまったく別の植物です。もう一つ、タイ産のアカネ科の木が「シャムツゲ」として安価な代用品に使われてきましたが、公正取引委員会の是正により、現在は「外国産アカネ」と表示することになっています。十五代目が「巷ではいろんな素材が出回っていますが、全部が日本のものでは正直ないんです」と言うのは、この事情を指しています。

なお国内でつげが採れる土地は、鹿児島のほかに東京都の御蔵島・三宅島・利島があると十五代目は語っています。江戸の櫛屋が島のつげを使ってきた歴史を踏まえた言い方です。

トクサは、なぜ櫛を磨けるのか

歯の内側を磨くトクサ(木賊)は、シダの仲間の常緑の草です。表皮細胞の細胞壁にプラントオパールと呼ばれるケイ酸が蓄積して硬くなり、砥石に似た性質を持ちます。「砥草」という字が当てられるのはこのためです。古くから茎を煮て乾かしたものが研磨に使われ、現在でも高級なつげ櫛の歯の仕上げや、漆器の木地加工に用いられています。鹿の骨でツヤを出すのも、トクサを煮てから貼るのも、素材の性質を知り尽くした上での選択だということが分かります。

櫛という道具と、江戸の櫛屋

日本の櫛は古く、佐賀市の東名遺跡からは縄文時代早期(約7000年前)の木製櫛が出土しています。奈良時代に大陸から横櫛が伝わり、歯を刻んで作る挽歯櫛が一般的になりました。もともとは虫やふけを取る衛生用具でしたが、入浴と洗髪が普及するにつれ、髪を整え飾る道具へと役割を移していきます。江戸中期以降は髪形が多彩になり、櫛・笄(こうがい)・簪(かんざし)が揃って発達しました。十三や櫛店が創業した1736年は、ちょうどその時期にあたります。

商いの相手も時代を映しています。十五代目によれば、かつての得意先は花柳界の髪結いでした。商圏は「北は札幌、函館」まで。箱根の山が険しかったため、そこから東が江戸の職人のテリトリーで、真ん中は木曽の藪原、西南は大阪の職人が持っていたといいます。

この縄張りは、櫛の形にも残りました。江戸の櫛は「東型」といって、後ろから見た女性のなで肩のような柔らかい輪郭をしています。大阪の「なにわ型」はもう少し肩が張り、いかり肩に見える。いまは流通の垣根がなくなり、見栄えの良さから東型が全国の主流になっていますが、もとは江戸東京の形だと十五代目は語っています。

もう一つ、櫛にまつわる言葉の話があります。「くし」は「苦死」に通じるとして、落ちている櫛を拾うのは縁起が悪いとされ、贈り物にするときは「かんざし」と言い換える習慣がありました。9月4日が「くしの日」とされるのも、同じ語呂合わせからです。「く」と「し」を足して「十三」とした屋号は、この縁起を嫌う言葉遊びの裏返しとして読むこともできます。

不忍池のほとりという場所

店のある上野・池之端は、不忍池の東岸にあたります。不忍池は、寛永2年(1625年)に寛永寺が建てられた際、天海が琵琶湖に見立てて竹生島になぞらえた弁天島を築いたことで知られる池です。江戸時代には蓮の名所として文人墨客が集まり、池の周りには茶屋が軒を連ねていました。茶店では蓮飯を売り、蓮の若根は将軍家に献上されたと伝わります。

明治8年(1875年)に公園へ編入され、明治17年(1884年)の競馬場建設に伴う埋め立てでほぼ現在の形になりました。関東大震災のあとは復興事業で藍染川が暗渠化され、昭和4年(1929年)以降の築堤工事で池が区切られています。十五代目が語る「裏路地が大通りになった」のは、この一連の工事の中での出来事です。櫛屋が同じ一区画に残ったまま、周囲の地形と道のほうが変わっていった、という順序になります。

名物と商品 — 寸ごとに作り分ける櫛

つげは高い材料なので、仕入れの段階で寸法ごとに値が決まります。そのため十三や櫛店では、昔からの言い方で二分から三分幅、つまり6ミリから9ミリ刻みで、四寸二分・四寸五分・四寸八分・五寸・五寸三分・五寸五分といったサイズに細かく作り分けます。手の大きさや髪質、髪の量に合わせて選べるようにするためです。

大きく分けると、とかし櫛(解き櫛)と、戦後に西洋から入った形を採り入れたセットコームがあります。セットコームは縦板の棒が付くため一枚板では作れず、上の部分と歯の部分を合わせた二枚構成になります。とかし櫛は歯の粗さで何種類もあり、店では実際に使ってみて選べるようにしているといいます。

店頭に並ぶのはほとんどがサンプルで、注文製作が基本です。公式サイトは、近年は注文に生産が追いつかず、完成まで約1か月から最大6か月かかる場合があると告知しています。(2019年の取材記事では「約4か月待ち」と紹介されていましたが、ここでは公式サイトの現在の記載を採りました)

つげ櫛以外に、漆蒔絵の櫛やかんざし、店で手づくりする耳かき、椿油やシャンプーなども扱っています。agataJapanの十三や櫛店の老舗ページでは、五寸とかし櫛(約15センチ)を24,200円として紹介しています。

買う・訪ねる

  • 店舗 〒110-0005 東京都台東区上野2-12-21 / 電話 03-3831-3238
  • 営業時間 10:00〜18:30
  • 定休日 日曜日、および平日の月曜日(月曜が祝日の場合は営業)
  • アクセス JR上野駅・御徒町駅から徒歩7分、東京メトロ銀座線 上野広小路駅(浅草方面出口)から徒歩5分、千代田線 湯島駅から徒歩5分
  • 公式サイト 十三や 本家【公式】つげ櫛製造販売店
  • agataJapanの紹介ページ 十三や櫛店
  • 当主インタビュー(連載コラム) 前編 / 後編

営業情報は2026年10月15日に公式サイトで確認したものです。台東区の「江戸創業事業所」の資料は定休日を日曜日のみと記していますが、公式サイトは平日の月曜日も休みとしているため、ここでは公式サイトの記載を採りました。訪問の際は念のため店舗にご確認ください。なお注文製作が基本のため、その場で持ち帰れるとは限りません。

十三や櫛店は老舗通販.netには出店していません。似た手仕事の品をお探しの方は、暮らしの逸品や和雑貨・和小物の特集をご覧ください。

agatajapan.com では、同じく江戸の手仕事を受け継ぐうぶけや(東京・日本橋/刃物)や日本橋さるや(東京・日本橋/黒文字の楊枝)、同じ台東区のちんや(東京・浅草/すき焼き)のご当主インタビューも記事にしています。東京都の老舗の一覧もあわせてご覧ください。

この先のこと

2024年9月に公開されたZOZOの職人取材では、十五代目が、工程の細かさから外部の修業者が続きにくいこと、つげの生産者が減り材が高騰していることを挙げ、自分の代で終わる可能性が高いと語っています。長男が仕上げを手伝っているものの、継ぐかどうかは本人の選択に任せたいとも述べています。290年の手仕事が今どこに立っているのかを知るうえで、動画と合わせて読んでおきたい話です。

老舗フェスティバル2026 by agataJapan

2026年10月3日、東京・日本橋で「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」を開催しました。全国の老舗が一堂に集まり、三井本館見学会や老舗・ご当地セミナーをはじめとする企画に多くの方がお越しくださいました。ご来場いただいた皆さま、ご出展いただいた老舗の皆さまに、あらためて御礼を申し上げます。

十三や櫛店は2026年のフェスティバルには出展していませんが、一本の櫛を290年作り続けてきた仕事は、このイベントが伝えようとしてきた「三代百年を越えて受け継がれてきたもの」に重なります。当日の様子や御礼は、以下のページからご覧いただけます。

100年続く老舗の品を、お取り寄せで

「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。

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動画で見る日本の老舗

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YouTubeチャンネル「日本の老舗」とagataJapanでは、全国の老舗のご当主インタビューを公開しています。agatajapan.com では、このシリーズの記事を 動画で見る日本の老舗 にまとめています。

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