寛政元年に殿様のスポンサーで開業したという蕎麦屋の総本家 更科堀井。老舗としてのこだわりを携えつつ、意欲的に海外出店も果たしています。赤ワインの温度で楽しむべしという自慢のおつゆと、殿様に献上するために真っ白になったという更科蕎麦の秘密を、九代目堀井良教さんにうかがいました。
~前編より続き~
林:お蕎麦を美味しく茹でる秘訣はありますか?
堀井さん:「お蕎麦は芯を残す」と言われます。パスタでたとえるならば「アルデンテ」の状態です。でも僕らが親父に言われていたのは、『茹で前は恥』だと。
林:どういうことでしょう?
堀井さん:要はしっかり茹でなさい、芯が残っちゃいけないよ、ということです。その代わり、しっかり洗ってしっかり締めます。ちゃんと火を通して、ぬめりを取って、しっかり冷やすことで、ピンと角の立ったお蕎麦になるんです。お蕎麦のコシはあるものじゃなくて、立つものだとも言われます。ですから、よく茹でて、よく洗って冷やすことが大事だと思います。
林:冷やし方にもコツはあるんでしょうか?
堀井さん:洗うときは流水を使って、最後はやっぱり氷水で冷やすのがいいと思います。うちのお蕎麦を洗う桶は、氷が入るようにできています。そして冷たいお蕎麦を赤ワインぐらいの常温のおつゆにちょっとつけて、すすって食べるっていうのが一番美味しい食べ方です。
林:赤ワインぐらいの温度というのがポイントなんですね。
堀井さん:逆におつゆが冷たくて蕎麦は生ぬるいと、興ざめしてしまいます。
林:おつゆが常温に近いと、香りが立ちやすいということですかね。
堀井さん:そうなんです。おつゆにもこだわりがありまして、鰹節はすごく厚いものを使って煮詰めます。それに煮かえしと呼ばれる砂糖と醤油をブレンドしたものを合わせるんですけれど、結構濃いんですよ。でも、旨味が凝縮されている。それをつけて、すすって食べる。それがやっぱりお蕎麦の食べ方だと思うんです。お蕎麦の香りは鼻から抜けるのではなく、口内で香ります。たとえばワインのテイスティングでも鼻から嗅いだ後に、口からシュッと吸い込みますよね。お蕎麦の香りもワインと同じように、口内から楽しむものなんです。そのためにも、旨味が凝縮されたおつゆを少しだけつけて、すすって食べていただく。
林:それが江戸前の特徴とも言えるんでしょうか?
堀井さん:そうですね。濃い鰹節と醤油、砂糖、みりんというのは関東の地場で発達した調味料です。それがお蕎麦と出合って、つけて食べる、すすって食べるという世界でも稀に見る食べ方になっていきました。麺類でつけ汁につけてすすって食べるっていうのは、なかなかないと思うんですよ。世界でも珍しい食べ方ですよね。
林:日本文化って非常に洗練されていますよね。香りが立つ食べ方を編み出して、それぞれのお店でオリジナルに進化している。お蕎麦とおつゆの組み合わせだけを見ても、バリエーションが豊富です。
老舗における「ブランド」の考え方
林:更科堀井さんが考える「ブランド」とはなにか、についてもお話しいただけますか?
堀井さん:なかなか難しいですね……。私は九代目でして、父も祖父もずっと蕎麦屋をやってきました。そうすると、ずっと通ってきてくれているお客さんが大勢いるわけです。彼らがどうして通ってくれているのかというと、「更科堀井だから信用できる」と。味、サービス、雰囲気、それらをトータルして信用してくださっているんですよね。それが更科堀井のブランドを確立する大きな要因になっているのかな、と思います。
林:お客さんの信頼だけではなく、さまざまな老舗と長いお付き合いをされていることから、そういったお店からも信頼されていることがわかります。
堀井さん:この商売は、うち一軒でできることではないんです。江戸時代からやっていますから、蕎麦切り包丁はお仲間であるうぶけやさんのもの、鰹節はにんべんさんのものを使わせていただいて。老舗仲間同士で「文化を築いてきた」とも言えます。
林:皆様が変わらずそれぞれ存続されていることで、更科堀井さんの味も、ファンの方に提供できているということですよね。でも、時代によって変遷や革新もあったというお話もされていました。
お蕎麦、おつゆの味はDNAとして受け継がれていく
堀井さん:そうですね。たとえば僕は親父のおつゆで育って、息子は僕のおつゆで育っているんですけど、では僕が親父と同じおつゆを作っているのかというと、そうではないんです。醤油の味も鰹節の味も違っていますし、お蕎麦の製粉方法も違う。でも、DNAみたいなものは存在していて、それに合わせながら組み立てている。だから多分、息子は僕と同じおつゆを作らないんでしょうけど、それでも僕のおつゆで育っているので、そのDNAをベースにしたものを作ってくれると思います。それがつまり、飲食店における伝統と革新と言えるのかもしれません。
林:変わらない背骨の部分として代々お父さんから受け継いできた味があって、それをどう自分が解釈していくかということですね。
堀井さん:そうですね、みんな時代の子ですからね。
林:蕎麦湯についても質問をさせてください。更科堀井さんの蕎麦湯でいただく蕎麦焼酎は非常に美味しいんですが、あれに使っているのは焼酎を割る専用の蕎麦湯ですよね?
堀井さん:うちは手打ちですから、切りくずがちょっと出るのでそれを煮ているんです。
林:通常の蕎麦湯はどんな感じですか? あっさりしていますか?
堀井さん:蕎麦湯って基本的には蕎麦を煮たお湯ですからね、あえて濃いものは作らないんです。ただ、焼酎を割りたいときには、ちょっと濃い目のものをお渡しすることもあります。
林:つまり焼酎割り用に、わざわざ作るものなんですね。
堀井さん:それとお蕎麦屋さんの話題としては、年末に提供する「年越し蕎麦」も欠かせません。年越し蕎麦というものは、昔、金粉を集めるために蕎麦粉を使ったとか、縁起が良いとか、さまざまな意味で江戸っ子に愛されたことから生まれた文化です。だからこそ、現代の皆さんにもぜひ、大晦日くらいは江戸前のお蕎麦を味わっていただきたいですね。
9代目更科堀井、堀井良教様にお話を伺いました。更科堀井さんのおそばは通販でも注文できるので、遠くてお店に来られない方はぜひ通販を利用してみてください。
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