浅草の老舗甘味処「梅園」。“映え”る斬新アイデアとSNS展開で次世代へアプローチ

浅草 和菓子 甘味処

シニア世代から若者まで幅広い年齢層に親しまれる浅草の甘味処「梅園」。長い歴史の中で関東大震災や東京大空襲を乗り越え、浅草に本店を構えつつ、全国に和菓子店舗も展開しています。名物のあわぜんざいを筆頭に、世代を超えて人々を虜にする新商品を次々と生み出している、七代目ご当主清水貴司さんにお話を伺いました。

本日は梅園の7代目ご当主清水貴司さんにお話をお聞きします。清水さん、よろしくお願います。早速ですが、自己紹介をお願いします。

株式会社梅園の清水と申します。私で7代目となります。大学卒業後、2006年に株式会社梅園に入社し、2013年に代表取締役に就任いたしました。

ありがとうございます。梅園さんの紹介もお願いできますか。

創業は安政元年、1854年になります。浅草寺の別院、梅園院(ばいおんいん)の庭を借りて、茶屋を開いたのが始まりです。梅園院様から屋号の梅園をいただきました。初代は元祖あわぜんざいで好評を博し、以来169年甘味専門店として継承してまいりました。また現在は、関東圏内の百貨店など、商業施設で和菓子の販売も行っております。

梅園さんの名前の由来が梅園院から来ていたっていうことは皆さん意外と知らないですよね。

そうですね、梅園を訓読みにしたということなんです。

梅園(ばいおん)のところを梅園(うめぞの)に。ひとひねりというところが粋な感じですね。今日はこの後、あわぜんざいをご紹介していただきますが、作家の永井荷風の作品にも登場したりしていますよね。

東京大空襲で焼失。唯一残った水がめが店の場所を教えてくれた

永井荷風先生なんかは10人ぐらい芸妓さんを連れてお店に来ていただいて、お雑煮ですとかおしるこですとか、たくさん食べていただいたと伝えられています。

素晴らしいですね。そうやって伝統文化を維持されているわけですね。それではお店の様子をご紹介いただければと思います。この大正時代の写真は現在のお店の場所なのですか?

ちょっと場所は違うんです。東京は関東大震災と東京大空襲で2回燃えてしまったっていう経緯がありまして。この写真は大正時代に改装開店した時のものです。その後東京大空襲のときも焼けまして、お店がどこにあったかわからなくなってしまったんです。そして先々代が浅草に戻ってきたときに、水がめが唯一残っていたと。唯一残ってた水甕が、梅園がここにあったっていうことを知らせてくれたそうなんです。その水がめは今でも大切に残しています。

土地の区画がわからなくなってしまうところを、この水がめのおかげで守れたということですね。

このおかげで他の近くにあったお店さんも、うちの店も焼けちゃったんだ、とわかったということなんです。

空襲でも焼けなかったということは、かなり頑丈に作られていたんですね。

これはかなり重たいもので。今ではもう作れないんじゃないかと思います。現在はお客さんも見られるようになっていまして、写真撮っていただいたり興味を持ってくださるお客様も多いです。そしてこちらの写真が現在の浅草本店の外観になります。

大正とはまた別の場所へ移転されたということですね。

はい。そして先ほど触れた、和菓子の販売をしている店舗ですが、現在は全部で18店舗あります。

浅草でお店を訪れてファンになるっていう方が多いと思いますが、こういう百貨店やショッピングセンターの店舗から入られる方もいらっしゃるのではないですか?

そうですね、両方のパターンがありますが、まず浅草のお店に来ていただいてからの繋がりが多いですね。お客様の中には「こないだ浅草のお店に行ったわよ。近くにもお店があってありがたいわ」と声をかけていただくことが多くて。

関東大震災の影響もあったのでしょうか? どの老舗の皆さんも、やはり関東大震災の影響をすごく受けてらっしゃいます。資料なども燃えてしまって無いというお話もよく聞きます。

あるお店はあるんですけど、基本、やはり皆さん無いですよね。

お寺とかで奇跡的に見つかったみたいな話をお伺いすることもありますが……。そうやって色々なご苦労を乗り越えて続けていらっしゃるのが東京の老舗さんの共通点だなと感じています。

梅園の人気メニュー「あわぜんざい」の美味しさの秘密とは?

さて、ここからは梅園さんの素晴らしい商品をご紹介いただきたいと思います。名物のあわぜんざい、美味しいですよね~。

うちの名物のあわぜんざいは、あわではなく餅きびを使用してます。その餅きびを、餅つき器で半搗きにして練り上げ、蒸した餅とじっくり炊いたこし餡をお椀で合わせただけのお菓子なんです。では何故あわぜんざいという名前なのかというと、戦後にあわが取れなくなりまして、その時にきびの方が食感がいいということで変えたそうです。名前については、昔からあわぜんざいの名前で親しまれてきましたので、名前を変えずに今まで続いているということなんです。

もう一つのポイントとしては、先ほどもお話しましたが餅きびを半搗きにしているという点です。半搗きにする理由は2つありまして、プチプチの食感を残すこと。もう1つは、きびには少し酸味があって、それによって味のバランスが良くなるということで、あえて半搗きにしています。それがこしあんとベストマッチする比率というか、美味しさの比率ということなんです。

きびぜんざいに名前変えようという話にはならなかったのでしょうか?

ならなかったですね……代々ならなかったですね。

やっぱりお客様が「あわぜんざい」という名前を覚えてくださって、それを食べにきてくれるということもありますからね。

そうですね。そういうこともあるので、名前はこれからも変えずに、『あわぜんざい』でしっかり守っていこうと考えてます。

あわぜんざいが食べられるのは本店だけですか?

本店と日本橋高島屋の「甘味喫茶 梅園」でお出ししています。

皆さんぜひ食べに来ていただければと思います。本当にできたてを熱々の状態で召し上がっていただくっていうのが一番いいですよね。

そうですね。きびのあまり良くない性質として、時間が経っちゃうと少し固くなっちゃうんです。出来たてを食べていただくのがおすすめです。

あの美味しさをうまく表現できないのですが、もっちもちしていて、水分がとてもいい感じなんです。これは食べてもらわないとわからないので、浅草か日本橋のお店へぜひ足を運んでいただきたいです。そして次は、美味しそうなクリーム白玉です。

自家製の黒蜜がクセになる。老若男女に人気「クリーム白玉あんみつ」

うちのクリーム白玉あんみつは、上質かつ国産の天草を使用しておりまして、食感がプリプリしているんです。そこに、北海道産小豆の滑らかなこしあん、みかん、パイン、白玉をのせておりまして、当店自慢の自家製黒蜜をかけて召し上がっていただきます。こちらも人気メニューです。若いお客様にも人気です。年配の方から若いお客様まで、幅広い世代のお客様に召し上がっていただいているメニューです。特に若い方には白玉が人気のようですね。

クリーム白玉あんみつはお店で食べていただいて、売店の方で白玉あんみつをお土産に買っていただくと……。寒天の感じが一度食べるとすごくクセになりますので、ぜひ一度食べてみてください。私もとても好きなメニューです。

ここまで、梅園の歴史や定番の人気メニューについてお聞きしてきました。後編では、最近SNSでも人気となっている新しいメニューについて、お話を伺っていきます。

後編へ続く

※この対談を動画で見たい方はコチラ


本日は梅園の7代目ご当主清水貴司さんにお話をお聞きします。清水さん、よろしくお願います。早速ですが、自己紹介をお願いします。
株式会社梅園の清水と申します。私で7代目となります。大学卒業後、2006年に株式会社梅園に入社し、2013年に代表取締役に就任いたしました。
ありがとうございます。梅園さんの紹介もお願いできますか。
創業は安政元年、1854年になります。浅草寺の別院、梅園院(ばいおんいん)の庭を借りて、茶屋を開いたのが始まりです。梅園院様から屋号の梅園をいただきました。初代は元祖あわぜんざいで好評を博し、以来169年甘味専門店として継承してまいりました。また現在は、関東圏内の百貨店など、商業施設で和菓子の販売も行っております。
梅園さんの名前の由来が梅園院から来ていたっていうことは皆さん意外と知らないですよね。
そうですね、梅園を訓読みにしたということなんです。
梅園(ばいおん)のところを梅園(うめぞの)に。ひとひねりというところが粋な感じですね。今日はこの後、あわぜんざいをご紹介していただきますが、作家の永井荷風の作品にも登場したりしていますよね。
永井荷風先生なんかは10人ぐらい芸妓さんを連れてお店に来ていただいて、お雑煮ですとかおしるこですとか、たくさん食べていただいたと伝えられています。
素晴らしいですね。そうやって伝統文化を維持されているわけですね。それではお店の様子をご紹介いただければと思います。この大正時代の写真は現在のお店の場所なのですか?
ちょっと場所は違うんです。東京は関東大震災と東京大空襲で2回燃えてしまったっていう経緯がありまして。この写真は大正時代に改装開店した時のものです。その後東京大空襲のときも焼けまして、お店がどこにあったかわからなくなってしまったんです。そして先々代が浅草に戻ってきたときに、水がめが唯一残っていたと。唯一残ってた水甕が、梅園がここにあったっていうことを知らせてくれたそうなんです。その水がめは今でも大切に残しています。
土地の区画がわからなくなってしまうところを、この水がめのおかげで守れたということですね。
このおかげで他の近くにあったお店さんも、うちの店も焼けちゃったんだ、とわかったということなんです。
空襲でも焼けなかったということは、かなり頑丈に作られていたんですね。
これはかなり重たいもので。今ではもう作れないんじゃないかと思います。現在はお客さんも見られるようになっていまして、写真撮っていただいたり興味を持ってくださるお客様も多いです。そしてこちらの写真が現在の浅草本店の外観になります。
大正とはまた別の場所へ移転されたということですね。
はい。そして先ほど触れた、和菓子の販売をしている店舗ですが、現在は全部で18店舗あります。
浅草でお店を訪れてファンになるっていう方が多いと思いますが、こういう百貨店やショッピングセンターの店舗から入られる方もいらっしゃるのではないですか?
そうですね、両方のパターンがありますが、まず浅草のお店に来ていただいてからの繋がりが多いですね。お客様の中には「こないだ浅草のお店に行ったわよ。近くにもお店があってありがたいわ」と声をかけていただくことが多くて。
関東大震災の影響もあったのでしょうか? どの老舗の皆さんも、やはり関東大震災の影響をすごく受けてらっしゃいます。資料なども燃えてしまって無いというお話もよく聞きます。
あるお店はあるんですけど、基本、やはり皆さん無いですよね。
お寺とかで奇跡的に見つかったみたいな話をお伺いすることもありますが……。そうやって色々なご苦労を乗り越えて続けていらっしゃるのが東京の老舗さんの共通点だなと感じています。
さて、ここからは梅園さんの素晴らしい商品をご紹介いただきたいと思います。名物のあわぜんざい、美味しいですよね~。
うちの名物のあわぜんざいは、あわではなく餅きびを使用してます。その餅きびを、餅つき器で半搗きにして練り上げ、蒸した餅とじっくり炊いたこし餡をお椀で合わせただけのお菓子なんです。では何故あわぜんざいという名前なのかというと、戦後にあわが取れなくなりまして、その時にきびの方が食感がいいということで変えたそうです。名前については、昔からあわぜんざいの名前で親しまれてきましたので、名前を変えずに今まで続いているということなんです。もう一つのポイントとしては、先ほどもお話しましたが餅きびを半搗きにしているという点です。半搗きにする理由は2つありまして、プチプチの食感を残すこと。もう1つは、きびには少し酸味があって、それによって味のバランスが良くなるということで、あえて半搗きにしています。それがこしあんとベストマッチする比率というか、美味しさの比率ということなんです。
きびぜんざいに名前変えようという話にはならなかったのでしょうか?
ならなかったですね……代々ならなかったですね。
やっぱりお客様が「あわぜんざい」という名前を覚えてくださって、それを食べにきてくれるということもありますからね。
そうですね。そういうこともあるので、名前はこれからも変えずに、『あわぜんざい』でしっかり守っていこうと考えてます。
あわぜんざいが食べられるのは本店だけですか?
本店と日本橋高島屋の「甘味喫茶 梅園」でお出ししています。
皆さんぜひ食べに来ていただければと思います。本当にできたてを熱々の状態で召し上がっていただくっていうのが一番いいですよね。
そうですね。きびのあまり良くない性質として、時間が経っちゃうと少し固くなっちゃうんです。出来たてを食べていただくのがおすすめです。
あの美味しさをうまく表現できないのですが、もっちもちしていて、水分がとてもいい感じなんです。これは食べてもらわないとわからないので、浅草か日本橋のお店へぜひ足を運んでいただきたいです。そして次は、美味しそうなクリーム白玉です。
うちのクリーム白玉あんみつは、上質かつ国産の天草を使用しておりまして、食感がプリプリしているんです。そこに、北海道産小豆の滑らかなこしあん、みかん、パイン、白玉をのせておりまして、当店自慢の自家製黒蜜をかけて召し上がっていただきます。こちらも人気メニューです。若いお客様にも人気です。年配の方から若いお客様まで、幅広い世代のお客様に召し上がっていただいているメニューです。特に若い方には白玉が人気のようですね。
クリーム白玉あんみつはお店で食べていただいて、売店の方で白玉あんみつをお土産に買っていただくと……。寒天の感じが一度食べるとすごくクセになりますので、ぜひ一度食べてみてください。私もとても好きなメニューです。

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