和菓子屋に、スーツ姿の男性が行列をつくる。東京・新橋の新正堂(しんしょうどう)がそういう店になったのは、「切腹最中」という一品のためです。最中が真ん中からパカッと開き、餡があふれ出している——お詫びの手土産として知られるこの菓子を考案したのが、三代目当主の渡辺仁久さん。デザインの名門・桑沢デザイン研究所出身という異色の経歴を持つ三代目が、大正元年(1912年)創業の店で何を変えてきたのかを語ります。
日本の老舗 新正堂 三代目当主 渡辺仁久氏(CICライブ/YouTubeチャンネル「日本の老舗」)/再生時間:33分23秒/公開:2022年3月4日
動画の見どころ
この回は章立て(チャプター)が設定されていないため、話題の並びを目次の形に整理しました。
- 店の前身の土地が浅野内匠頭が切腹した田村邸跡だったという縁
- 「切腹最中」という名前に反対された当時の話
- ドレスのデザインを学んでいた三代目が、婿養子として菓子屋に入るまで
- 鎌倉時代から続く餡の炊き方を変えたというイノベーション
- 『景気上昇最中』『出世の石段』——コンセプトから商品をつくる手順
- 同業者の前で切腹最中の配合と炊き方をすべて明かした日
新正堂の創業は何年か
新正堂の創業は大正元年(1912年)です。店名は、「新」橋で大「正」元年に創業したことに由来します。初代・渡邊新次郎が大阪で修業したのち、新橋で和菓子屋を開きました(agataJapanの老舗ページ「新正堂」・2026年10月7日確認)。2022年に110周年を迎え、2026年で創業114年になります。
初代の店は、奥州一之関藩・田村右京大夫上屋敷(通称・田村邸)の跡地にありました。浅野内匠頭が切腹した場所です。その後、関東大震災、太平洋戦争の空襲、環状2号線の整備という3度の移転を経て、2005年から現在の新橋4丁目で営業しています。
二代目は弁護士志望だったという人物で、この代に生まれたのが看板の豆大福でした。三代目の渡辺仁久さんは婿養子として店に入った人です。もともと桑沢デザイン研究所でドレスのデザインを学び、創設者・桑沢洋子の最後の聴講生でもありました。在学中に先代の長女と出会い、遠距離恋愛を経て結婚。「新正堂を畳むかもしれない」という話を耳にして先代を訪ねたところ、「お前、菓子屋をやってみないか」と声をかけられ、東京製菓学校の夜間部に6年通うことになります(agataJapan連載「五つの奥義」・2026年10月7日確認)。
※当主名の表記は、動画タイトルおよびagataJapanの連載記事では「渡辺仁久」、老舗ページでは「渡邊仁久」となっています。本記事は動画と連載に合わせて「渡辺」で統一しました。
「切腹最中」はどう生まれたのか
きっかけは常連客の声でした。二代目から引き継いだ当時の一番人気は豆大福でしたが、消費期限が1日しかない。「もう少し日持ちする和菓子が欲しい」という要望に応えて考案したのが切腹最中です。
名前は、店の土地が浅野内匠頭切腹の地であったことと、餡をたっぷり食べてもらうために最中をパカッと開いた形から付けられました。通常の最中は40gほどですが、切腹最中は62gあります。亡き義母は「お父さんが生きていればこんなものは出すはずがない」と泣いて反対したといいます。ところが店頭に並べ始めると「もっと目立つところに置きなさいよ」に変わり、売れたあとは「私のおかげよ」になった——三代目はそう語っています。
皮にもこだわりがあります。三代目は口のなかでひっつく最中の皮が嫌いで、当初は最中を作る気がなかったそうです。皮の製造業者から「材料にこだわればパリッとくっつかないものが作れる」と言われ、原価が上がるのを承知で味を取った。水分を減らすと同じ材料から取れる個数は減りますが、その引き換えに、あの食感が成り立っています。
鎌倉時代からの餡の炊き方を変えた
三代目のイノベーションは、商品名よりも餡の炊き方にあります。餡は本来、小豆を一晩水に浸けてアクを抜き、翌日煮るものでした。ところが修業時代、篩(ふるい)で小豆を選り分ける仕事をしていた三代目は、小豆の大きさが揃い、アクも少なくなっていることに気づきます。十勝の農家に聞くと、品種改良の成果だという答えでした。
その後、食品加工機械メーカー・梶原工業の「新しい小豆の炊き方」の講義を受けて衝撃を受けます。熱湯に小豆をそのまま入れるだけなのに、見本の小豆から馥郁たる香りがした。当時の職長には門前払いされましたが、こっそり新しい方法で炊いて食べさせたところ「うまいじゃねえか」の一言。大福やどら焼きの餡も切り替えると、売上が上がったといいます。
三代目はのちに東京製菓学校の講義で、切腹最中の餡の配合から炊き方まですべてを同業者の前で明かしました。「そんな炊き方で小豆が水を吸うわけがない」という声も浴びたものの、虎屋御殿場工場の工場長が「その煮方をやってみたい」と言ってくれたことを、いまも自慢にしていると語っています。
何が名物か——忠臣蔵でつながる品書き
- 切腹最中(5個入り 1,600円):つぶあんと大きな求肥。お詫びの手土産としても知られる看板商品
- 景気上昇最中:こしあんに黒糖を練り込んだ縁起物。波照間や喜界島のブロック黒糖を砕いて2時間以内に使う。上場記念などで使われる
- 陣太鼓どら焼き(1個 250円/5個入り 1,550円):切腹最中との「討ち入りセット」も
- 豆大福(1個 250円):先代から続く品。赤穂浪士にかけて赤穂の塩を使う
- 義士ようかん:忠臣蔵の四十七士を武者絵で描いた羊羹
- 出世の石段:愛宕神社の承諾を得て、八十六段の石段を模した2か月もつサブレ
「景気上昇最中」は、当初『景気回復最中』にする予定が商標の重複で変わったものです。コンセプトを先に立て、それに合う素材を探すという順序で作られています。三代目は兵庫県赤穂市の観光大使も務めています。
閉店後、店頭のロールスクリーンに四十七士の絵柄が現れるのも、この店の見どころです。
忠臣蔵と新橋という土地
『忠臣蔵』で知られる赤穂事件で、浅野内匠頭が切腹したのは元禄14年(1701年)、田村右京大夫邸の庭先でした。その跡地は現在の新橋4丁目付近にあたり、近くには「浅野内匠頭終焉之地」の碑が立っています。新正堂の初代が店を構えたのは、まさにこの一帯でした。
新橋は明治5年(1872年)に日本初の鉄道が開業した土地で、以来、商いと接待の町として歩んできました。謝罪やお礼の手土産に需要がある町——切腹最中が新橋で生まれたことには、土地の必然もあったように見えます。
店を訪ねる
- 住所:東京都港区新橋4-27-2
- 電話:03-3431-2512
- 営業時間:平日 9:00〜19:00/土曜 9:00〜17:00
- 定休日:日曜・祝日(8月は土曜・日曜・祝日)
- 公式サイト:新正堂(オンラインショップあり)
※営業情報は新正堂の公式サイトおよびagataJapanの老舗ページの記載によります(2026年10月7日確認・両者は一致)。価格は変わることがあります。
なお、新正堂は老舗通販.netには出店していません(2026年10月7日確認)。お取り寄せは公式オンラインショップからどうぞ。
関連記事
- 空也|創業1884年、焦がし皮の空也もなかを五代目が語る【動画】
- 秋色庵大坂家|創業元禄年間、日本初の三色最中を十八代目が語る【動画】
- 青野総本舗|創業1856年、六本木の鶯もちを六代目が語る【動画】
- 更科布屋|創業1791年、80種の変わりそばを七代目が語る【動画】
- 連載「動画で見る日本の老舗」の記事一覧
- 東京都の老舗
老舗フェスティバル2026 by agataJapan
agataJapanでは毎年、日本が世界に誇る老舗の技術と文化に触れられるイベント「老舗フェスティバル by agataJapan」を開催しています。2026年は10月3日(土)、東京・日本橋の福徳の森・仲通り周辺で開催し、老舗・ご当地マルシェ、日本酒の飲み比べ、当主が登壇する老舗サミットなどのセミナー、ステージパフォーマンスに多くの方にお越しいただきました。
- 日時:2026年10月3日(土)10:00〜18:00(終了)
- 会場:福徳の森・仲通り周辺(東京都中央区日本橋室町2-5-10)
- 詳細:老舗フェスティバル2026 特設ページ
- セミナー全編:老舗フェスティバル2026 セミナーアーカイブ(YouTube)
100年続く老舗の品を、お取り寄せで
「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。
チャンネル「日本の老舗」について
この動画は、YouTubeチャンネル「日本の老舗」で公開している当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」(CICライブシリーズ)の一本です。3代100年続いてきた秘訣を、当主ご本人の言葉で聞く番組です。ほかの回は連載「動画で見る日本の老舗」からご覧ください。
老舗のブランディング・販路開拓のご相談
スターマーク株式会社は、老舗通販.net の運営とagataJapanのメディア運営を通じて、老舗の魅力を国内外に伝える仕事をしています。自社の歴史や技術をどう伝えればよいか、ECや海外向けの販路をどう広げるか——そうしたご相談はスターマークのお問合せフォームからお寄せください。





