【第15回】江戸蕎麦の流儀〜蕎麦の茹で方編〜

芝大門 更科布屋 店主の独り言更科そば蕎麦

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

美味しい蕎麦に欠かせない火加減

東京には「銅子会」という老舗の蕎麦店の会があります。
この昭和26年にできた会の名の由来は、そばを茹でる釜の一部分で、釜に継ぎ足す為の熱いお湯をためておく「銅子」と呼ばれる部分のお湯で産湯に使った店の店主の集まりというもので、昭和26年当時で3代以上続いている店がその対象となりました。

初代は勿論生まれたときは蕎麦屋ではありませんし、2代目も親が蕎麦屋になる前に生まれたかもしれません、3代目になれば徳川家光同様、生まれながらの蕎麦屋の跡継ぎとなる訳です。そんな集まりの幹事役を順番で引き受けることになり、創設時からの会員であった祖父や父亡き後、私自身も随分と歳を取ってきたものだと痛感しております。

この銅子会の例会の席で、ご年配の蕎麦屋の旦那衆に「仕事場で一番気にかけることは何ですか?」と聞くと、当然の如く皆さんから「釜下だよ」と言う答えが返ってまいります。釜下とは文字の通り、釜の下で火の燃えている所の事で、火加減と同義語として蕎麦屋の間ではよく使われる言葉です。

この釜で蕎麦を茹でる作業は、蕎麦を食べるまでの多くの工程の中で一・二を争う重要なもので、昔は仕事場の中では一番のベテラン、年季を積んだ者の指定席でありました。

なぜならば江戸時代から戦前まで、そば釜は薪を燃料として使っていたからです。ただ沸騰させればいいと言うものではなく、釜の中の湯がゆっくりと回転するように焚く釜下=火加減を薪で持続する事は大変な技術が必要であったと思われます。燃料の薪は石炭→コークス→灯油を経て、現在は100%近くガスとなってきていますが、この釜下の技術と心構えを持って蕎麦を茹でることが美味しい蕎麦の必須条件と思えます。

蕎麦屋の仕事場とご家庭の台所は火力や鍋の大きさが大分違うので決して同じとは申しませんが、心構えさえ覚えていただくと、ご家庭で茹でた蕎麦が格段に美味しくなると思います。

美味しい蕎麦の茹で方のポイント

蕎麦屋では直径1m足らずの大きな釜を使って蕎麦を茹でますが、蕎麦を入れる湯はぐらぐらと沸騰させません。大きな釜の中を湯がすうっとスムーズに回る状態の沸騰をさせ、その時に蕎麦を丁寧に滑り込ませるように投下します。蕎麦を入れますと湯の温度は下がりますので、火加減を強めるか蓋を閉めて温度を上げ、ゆっくりとした湯の流れに乗せて蕎麦を泳がせて茹でる様にいたします。

「そばの三返り」と言って釜の中を蕎麦がゆっくり3回転し、色が変わり透明感を帯びた時が茹で上がりとされています。ただ回転を待つと言うのではなく、その間には蓋を閉め、吹きあがったら蓋を開け、差し水をする作業を数回繰り返します。現在のガス釜ですと火力が強すぎて沸騰がなかなか止まりませんので、差し水をして沸騰を少し止めないと、表面だけが煮えて芯まで茹で上がらないそら煮えになります。

現代では芯がある蕎麦の方が、コシがあって美味しいと言われる方もおりますが、二八の蕎麦で1分半から2分弱は茹で時間が必要に思います。ご家庭では鍋も小さく難しいとは思いますが、鍋をずらして火を鍋の底の中心ではなく端に当て鍋いっぱいに湯を回転させる方法がよろしいかと思います。

並木の藪の先々代堀田勝三さん曰く、「ガス釜の当世、誰にでも湯を沸騰させ、誰にでも蕎麦を煮ることができる。しかし釜下の原理、釜下の修練が無いから色々な煮え具合の蕎麦が出来上がる」と言う事になります。 先人たちが大切にした釜下・茹で方の流儀を忘れず心に残しておきたいものであります。

この記事を書いたのは…

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。
更科布屋ホームページ

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