最初は‟武士の内職”から。日本の夜を168年間、江戸提灯で照らし続ける「吉野屋商店」

浅草提灯

お祭りの通りや神社仏閣、お店や劇場の軒先を明るく照らす日本伝統の粋な灯り、提灯。安政元年(1854年)から現在まで七代つづく「吉野屋商店」の提灯は、歌舞伎座や成田山新勝寺、神田祭、みたままつりなど各所で愛用されています。そんな吉野屋の提灯づくりは”武士の内職”からはじまったのだとか。これまでの歩みやイノベーション、大切にしている考えについて、七代目吉野喜一氏のご息女で同社広報・営業を務める吉野由衣子さんに伺いました。

本日は吉野屋商店広報・営業の吉野由衣子さんにお越しいただきました。さっそくお店の紹介をお願いできますでしょうか。

今から169年前の安政元年(1854年)から、神田は佐久間町、今でいう秋葉原駅の近くで営業させていただいております。

吉野屋初代、吉野善助は御家人だったのですが、食い扶持を稼ぐために内職として提灯づくりをはじめたんです。それが今では私の父の七代目までつづいております。江戸時代は物価が高くなる一方、250年間家禄(給料)が上がらなかったので、武士はアルバイトをしないと食べていけなかったんです。少し、今の日本にも重なるような(笑)。

武士の内職はいわば今でいう副業みたいなものですもんね(笑)。

つづいては、最もお店が繁盛していたという、吉野屋三代目、喜平の代についてご紹介します。日露戦争後、国旗と日の丸提灯を持って行列する提灯行列が各所で行われ、うちの提灯を多く使っていただきました。これは、当時は珍しい蝶ネクタイを身に着けて、日本橋の橋のたもとを闊歩している祖父ですね。

かっこいいですね!

左の写真は、勤続10年の社員さんを表彰したときですね。この通り紋付袴で格式ばっています。現在はさすがにこんなことはしていないので、今の社員さんに少し申し訳ないですね。

そしてこちらの写真は何でしょうか?

戦前から戦時中にかけて、空襲に遭って焼けてしまう前のお店の写真です。提灯って結構かさばるので保存用の大きな倉庫があったんです。昔はリヤカーで配達していたんですが、仲間の提灯屋さん曰く「吉野屋さんは儲かってたから、ハーレーやバイクに乗ってきていたよ」とのことでした。

アドバルーンのような提灯も制作

すごいですね。そして、つづいては?

デパートでイベントがあった際、今のアドバルーンのような役割で、大きな提灯をご注文いただきまして、その前でみんなで記念撮影をしているところです。

すごく素敵ですね。これ、今でも作れるんですか?

今でも作っています。歌舞伎座さんにもこれと同じようなサイズの提灯を飾っていただいています。

かっこいいな。

次は、3代目、喜平のお葬式の写真です。皆さんから生前の仕事のがんばりを評価して、たくさんの花輪をいただきまして、「『笑っていいとも!』に呼ばれたんですか?」と聞かれそうな様子になっています(笑)。

そして、その喜平さんが……?

はい、とても有名になっちゃったみたいで、中野実さんによる『撃滅提灯』という戦時中に週刊朝日で連載していた小説のモデルになったんです。その後、舞台化もされまして、空襲に遭ってしまう前年、明治座でも演じられたそうです。

つづいては、私の父である七代目吉野喜一の写真です。

いなせで、すごくかっこいい方ですよね。

でも、お酒が飲めない甘党なんですよ。

どこのお菓子がお好きなんですか?

日本の老舗でも取り上げられている『梅園』さんのあんみつを3つくらい食べちゃったり、『塩瀬』のお饅頭も一箱、『とらや』の羊羹を一本、それにガリガリ君も好きという、そんな父でございます。これは父が小さいときですね。現在の上皇陛下が皇太子になられるときに提灯でお祝いしたときの写真です。

国語教師を経て、老舗の広報に就任

ここまでお店の歴史を伺ってまいりました。つづいて、吉野さんご自身の自己紹介もお願いいたします。

七代目吉野喜一の娘、吉野由衣子と申します。提灯など日本の文化が好きで、大学院で江戸時代の文学を研究した後、中学校・高校で国語の先生をしていました。今は、歌舞伎座さんやお祭りなど、興味がある場に接することができる吉野屋の広報・営業として働いています。

学校を卒業して国語の先生をされたあとに、お店で働かれることになったんですね。番組をはじめて70名近く老舗の皆さんにお話を伺ってきたんですが、国語の先生は初です。やはり、歴史への興味が先生になるきっかけですか?

そうですね。オタク気質で歌舞伎が大好きなんです。そうした日本文化を研究したいと思って国語の先生をしていたんですが、「そういえばうちで仕事をしたほうが近づけるんじゃない?」と気が付きまして(笑)。

めちゃくちゃ近づけますよね(笑)。学生時代などは、ご実家で働くことは意識されていなかったんですか?

お店の上に住んでいますので、下に行ったら父が提灯に文字を描いていて、私はストップウォッチでその時間を測るといった光景は日常茶飯事でした。「すごい! 1分切ったよ」なんてはしゃいだりして。

この提灯、ひとつひとつが手描きということですもんね。

今でもひとつひとつ手描きで仕上げております。

すごい。そんな吉野屋さんには、家訓などはあるのでしょうか。

それが……聞いて回ったんですがないみたいなんです。

実は意外にも、この番組に出演いただいた方の8割ほどが、「家訓はない」とおっしゃいます。日々のなかで、自然と家訓のようなものが埋め込まれ、のれんを継いでいくのが老舗なんでしょうね。

職人さんなんかは、だれも言葉で仕事のやり方を教えてくれなかったっていいますね。まさに、‟見て学べ”というか。

今もそうなんですか?

今入ってくださっている方たちもジーっと隣でみて、「やってみろ」と言われて実践のなかで仕事を覚えています。手を動かすことが生業の職人さんは、寡黙で余計なことは話さない方も多いので。

その気持ち、わかります。僕もコツコツ目の前のことを進めるのが好きなので。もともとは古書を集めるのが好きで神田神保町の古書店に通っていたんですが、昔は3万円、5万円など高価な本には手が出ませんでした。そこで「本を迷わず買いたい」という気持ちもあって起業したんです。なので、老舗の皆さんにお話を伺ってそれを発信することを仕事にできているのはとてもありがたいですね。

老舗ってあまり発信しなくていいやという慢心も起こりがちなので、こうして発信してくださる方がいるとありがたいです。

老舗の皆さんは慎み深い方が多く、そのすごさがまだまだ伝わっていないと思うので、私みたいなものが出しゃばってお話を伺わせていただいています。なので、ぜひみなさん、応援のほどよろしくお願いいたします。

“武士の内職”からスタートしたという、提灯。それが今や日本の伝統文化となり、海外でも人気を博しています。後編では「吉野屋商店」が挑む、イノベーティブな取り組みに迫っていきます。

後編へ続く

※この対談を動画で見たい方はコチラ


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