【第14回】江戸蕎麦の流儀〜道具立て編〜

芝大門 更科布屋 店主の独り言 芝 更科そば 蕎麦

「天ぷら」「そば」「寿司」「うなぎ」は、江戸を代表する「食」と言われ、それぞれが江戸の庶民文化の中で培われてきました。このコラムでは、そば店の店主として、そばにまつわる面白い話や、一般的には知られていないそばにまつわる意外な事実などをお伝えします。そば文化をより知っていただくきっかけになれば幸いです。※当コラムは「芝大門  更科布屋」の店内で、月に1話、お客様に配っているリーフレットから転載しております。

江戸蕎麦とそれ以外の麺棒の違い

江戸で花開いた蕎麦にはその他にも他の地方と違った流儀が存在いたします。

元々蕎麦が江戸で大きく進化する以前から、日本全国でそばは存在をしていましたので、他の地方は古式、江戸の流儀は新式と言えるのかも知れません。

この流儀の違いは江戸中期に書かれた「蕎麦全書」にも出ている通り、蕎麦を作る道具立てから始まります。蕎麦を薄く延ばす工程で使う麺棒と言う道具がありますが、古式(他の地方)では皆1本で長さ120cm程度、太さ5cm程度が標準であります。
これに対して江戸の流儀は本数は3本で、長さは変わらないものの、太さは半分程度の細い麺棒が2本と半分程度の長さの太目の麺棒1本が使われます。江戸の流儀が3本になったのは一度に打つ蕎麦の量が多くなった為だと考えられます。

一度に2kg~4kgを打つとなると広げた生地の大きさはたたみ一畳を超えます。
古式では少量ずつのばすので場所を取らず1本の麺棒で済みますが、狭い場所で一度に多量に作る為にはのばした生地を上下で巻き取るためのプラス分の2本が必要になった訳です。

江戸蕎麦とそれ以外の木鉢の据え方の違い

次に変化した流儀には、蕎麦を捏ねる道具である木鉢の据え方があげられます。
直径60cm近くの大きさは変わりませんが、錦絵から見ると、古式では床に直接置いて座って作業をするのに対し、江戸の流儀では立ったままでも作業できるように台の上に置かれ、台には枠を付けて木鉢の先方を高くして斜めに傾けてはめ込み、木鉢が動かないように固定しました。
多量に作るために楽な姿勢を可能にするためとも考えられますが、それ以上の理由として、江戸流の蕎麦の作り方の最大の特徴である「寄せ」という工程のために、この置き方がどうしても必要だったと言うのが真の理由だと思われます。

「寄せ」と言うのは、そば粉を捏ねる過程で水と混ざった蕎麦の粒を木鉢の底に押しながら擦りつける作業で、両足を開いて踏ん張り全体重をかけながら両手を交互にのばすものです。
この作業を蕎麦のツヤやコシを出す最も大切な工程としているのが江戸流の蕎麦であり、その為に置き方の流儀が生まれました。 傾けて固定した置き方をしないと、そば粉を捏ねる際にどうしても水分を多く必要とするため、しゃきっとした喉越しの蕎麦が出来ないのです。これこそが江戸蕎麦の秘伝中の秘伝です。

老舗に残る江戸蕎麦の伝統は、この秘伝を先代から仕込まれそれを次の世代に伝えてきた歴史の中で生まれました。

この記事を書いたのは…

寛政3年(1791年)、薬研堀(現在の東日本橋)で創業。大正2年(1913年)から増上寺門前にお店を構えるそば店「更科布屋」の7代目ご当主。芝の地で創業100年以上の伝統を有する老舗の会「芝百年会」の会長も務める。
更科布屋ホームページ

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