『鰹節屋なのに経営スタイルは金融のそれ』そう語る「にんべん」十三代目の高津伊兵衛さん。もはや鰹節といえば真っ先に名前が浮かぶほど庶民の生活に浸透しているにんべんを、321年もの間持続させてきた老舗の矜持とは何なのか。そこから読み取れる大口顧客獲得、キャッシュフロー経営、マーケットニーズの鋭敏な読み取りなど、現在にも通用する経営への信念について、文化事業家の齋藤健一さんと一緒にお聞きしていきます。
まずはご当主より自己紹介とお店紹介をお願いしていいでしょうか?
高津伊兵衛と申します。つい今年2月まで違う名前でした。2月に襲名を行いまして、13人目の伊兵衛になり、十三代当主ということで今名乗っております。株式会社にんべんという会社は鰹節のお店なんですけども、元禄12年、1699年に日本橋の地で戸板を並べて商いを始めたのが創業としております。それ以来321年、鰹節をずっと商い続けて現在に至っております。鰹節だけではなく、現在ではお惣菜などの加工食品、飲食店などに事業領域を広げてございます。
すごいな~。321年続いていると、自分のお店とか会社より若い企業いっぱいありますよね。銀行とかって遥かに自分たちより歴史が短いですもんね。
そうですね、でも長いところも合併して現在の銀行ですから。ルーツをたどれば本当に昔の小さな銀行が残っているみたいのありますね、安田銀行とかそうですよね。
とはいえでも百何十年っていう感じですもんね。300年続いているってやっぱりすごいですね。
結果的に何とか、細く長く。
また今さりげなく名言が出たところで、次に聞いていきたいのは、家訓みたいなものです。
いや、明確に家訓ってないんですけど。
意外とないんですか?
これをしなきゃいけないって絶対的なものはないです。
そうなんですね、意外だな~。
でも江戸時代から残っている書物がありまして……。昔はにんべん伊勢谷という店だったんですけども、その事業に関することや家の中をどうするかなど、いろいろ書物で残っていて、そこにこうしたらいいんじゃないかっていう言葉が残っていたりします。商売の考え方ですとか。
家訓とわざわざ言わないけれど……ということですね。具体的にどういうものがあるんですか?
『商いを飽きちゃいけない』とか、本業をしっかりやりなさいということは昔の書物にも記されていますね。
領域は広げてもいいけれども、商売自体にちゃんとフォーカスして、他のよくわかんないことやるなよっていう……真面目に仕事しろってことですかね? でも商いって一番楽しいですもんね。飽きちゃいけないっていうことは、飽きちゃう人が過去にいたってことですかね?
いたかもしれないです。ちょっと外れた……。昔のいい時代は、違うことにお金を結構使ったこともあったようです。文化的に支えることに繋がるわけですけども。歌舞伎とか力士とかご贔屓がいてお給料全部あげちゃったとか、っていうのは祖父の時代にあったようですね。
老舗さんはやっぱり経済と文化の交差点に立たれていますよね。地域経済と地域文化の中心に存在するというか。今高津さんお祭りとかもやられていますけれども、すごく老舗さんらしさがありますよね。
地域と一体のところがありますから。
創業者が武家の大名と取引をスタートさせた
そうですよね。街があってこその自分たちっていう意識もあって、ですよね。では早速ですが、本編のイノベーションについて、お伺いしていきたいと思います。にんべんさんのイノベーションって321年中、何回ぐらい大きいのがあったんですかね?
最初のイノベーションは、大口のお客様をうまくつかまえることができたことです。
法人営業みたいなものですかね?
加賀藩ですね。
それが大口受注だったんですね。
そうですね、そういう武家の大名との取引を始めたのが創業者です。
飛び込み営業したのかな?
いや、ちょっと違いまして、権利を譲り受けたんです。もともと加賀藩と取引のあった別の伊勢谷さんにお金を貸していて、その人がお金を返済できなくなったようで、代わりに各藩との商いの権利を譲り受けたっていうふうに聞いています。
それがきっかけ、最初のブレイクなんですね。
それが初代のときのイノベーションの一つです。その後に武家だけじゃなくて現金小売を始めるんですね。江戸時代って、その場でお金もらわず、盆と暮れに年2回もらう掛け売りだったんです。
キャッシュフロー悪くなりますね。
それはかなりあると思います。
半年ですもんね。
全部回収できないかもしれないじゃないですか。ですから値段も相対で、お客さんごとにふっかけたりとかね。
この人返せないから、とかってことですね。
小売販売することで、現金を確実に回収できるように
そこを現金小売にして正価を定めたんです。一ついくら、とその場で現金をもらうのを始めて、それが成功したということですね。
何代目のときにおやりになられたんですか?
それも初代、創業者です。
天才ですね。
結果的に、ですね。ただそれも我々が初めてではなくて、越後屋さん、三越さんが最初です。それを鰹節屋としては初めてやった、と言われています。
確かにイノベーションだ。
しかも他社のイノベーションを自社に取り入れるっていう、今のスタートアップも十分に活かせる考え方ですよね。
そうですね、キャッシュが大切っていうのは今の時代も間違いなく通じますし。絶対ですからね。
当時現金をまずください、なんて「何言ってんだ、お前?」みたいなこと言われたんじゃないすかね。
でしょうね。
でもそれをやりきったってことですよね。
やりきったっていうことが大事ですね。これがいいと見定めて、ちゃんと取り入れるのが素晴らしい。
他にはどんなイノベーションがあったのでしょう?
創業者はそれが成功のきっかけだったんですけど、その後厳しい時代もあったんですね。今度は大名が駄目になってきたんです。参勤交代をずっとやっていたんで、財政がもたなくなる。
徳川家の完全に思う壺じゃないですか。
そうですよ。力がなくなって、代わって力を得ているのが町人ですよね。そこに町人向けの新しい鰹節というものを売っていったんです。それがどんな鰹節かはわからないのですが、『小箱節(かじきぶし)』と言われています。昔の武家向けのものと違い小さく見栄えがあまりよくなくても、味はしっかりしてちゃんとしたものを、広くたくさん安く販売していったというような記録があります。
需要の変化と言うんですかね。
お客さんが変わっていくということですね。武家から町人へ。
初期のビッグクライアントが業績不振になって、新しい町人っていうマーケットを発見したと。それは何代目のころなのでしょうか?
初代から二代三代にかけてです。
そんなスパンで変わっているんですね。
100年ぐらいですかね?
4、50年の話じゃないですか? マーケットシフトっていう感じですね。法人の太客と個人にバラバラ売ってくのって全然売り方が違うじゃないですか。前田さんのところだけだったら「お世話になってます!」とその一社だけ毎日行けばいいっていう感じでしょうけど、町人の皆さんに売るとなるとかなり細かい運用になってきますよね。
300年以上の歴史を持つ「にんべん」には、時代の節目節目に大きなイノベーションが起きていました。そこでの変化を土台にし、着実に信頼と実績を積み上げる。その姿勢が、現在のにんべんにつながっていると言えそうです。
後編へ続く
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