いまスーパーの棚に並んでいる醤油味の佃煮は、ひとつの店から始まったと言われています。鮒佐(ふなさ)は文久2年(1862年)、浅草瓦町——いまの東京都台東区浅草橋に創業した佃煮の専門店。初代・大野佐吉が、佃島の漁師に振る舞われた雑魚の塩煮に当時は高価だった醤油を使って改良したのが、現在の佃煮の原型とされます。五代目当主・大野佐吉さんが、160年あまり守ってきた江戸前の炊き方と、名を継ぐということを語ります。
日本の老舗〜伝統はイノベーションの連続〜 鮒佐五代目 当主 大野佐吉氏(CICライブ/YouTubeチャンネル「日本の老舗」)/再生時間:44分44秒/公開:2021年9月23日
動画の見どころ
この回は章立て(チャプター)が設定されていないため、話題の並びを目次の形に整理しました。
- 初代が佃島で雑魚の塩煮に出会った経緯と、醤油を使うという発想
- 剣術から菓子、そして佃煮へ——初代の職業の変わり方
- 震災と空襲で二度焼け、そのたびに店を建て直した歴史
- 「大野佐吉」を襲名するとはどういうことか
- 通年の品と季節の品——炊き分けの考え方
- 初代のモットー「家業に誠実たれ」を、五代目はどう読んでいるか
鮒佐の創業は何年か
鮒佐の創業は文久2年(1862年)2月15日です。初代・大野佐吉は天保2年(1831年)、下総国葛飾郡の生まれ。嘉永年間に江戸へ出て北辰一刀流を学び、安政年間に武士をやめて鮒のすずめ焼きを商い始めます。屋号の「鮒佐」は、この鮒と佐吉の名に由来します(鮒佐公式サイト「鮒佐の歴史」・2026年10月7日確認)。
転機は隅田川でした。釣りに出た初代が暴風雨に遭って佃島に避難し、そこで漁師たちから雑魚の塩煮を振る舞われます。保存食として塩で煮しめたものでした。初代はこれに手を入れます。素材を種類ごとに分けて炊き、塩ではなく当時は高価だった醤油を使った——これが現在の佃煮の原型とされ、鮒佐が「佃煮の元祖」と呼ばれる理由になっています(鮒佐公式サイト・2026年10月7日確認)。
その後の歩みは、江戸・東京の災害史とそのまま重なります。大正12年(1923年)9月1日の関東大震災で店舗が焼失し、同年11月には仮店舗で営業を再開。昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲でも焼け、昭和22年(1947年)9月17日に株式会社として営業を再開しました。現在の店舗は昭和63年(1988年)4月に落成したものです。2022年に創業160年を迎えました。
当代は五代目・大野佐吉さん。本名は大野真敬さんで、2003年に五代目を継ぎ、のちに家庭裁判所に申請して戸籍上の名を「佐吉」に改め、襲名しています。先代からは「生まれついた人格が死んで、佐吉として生まれ変わる」と説明されたと語っています(地域メディア「浅草橋を歩く」2020年12月4日・2026年10月7日確認)。なお公式サイトの沿革は五代目継承を「2003年(平成16年)」と記しますが、平成16年は2004年にあたります。本記事では西暦の2003年を採りました。
佃煮は、どこから来た食べ物なのか
佃煮の名は佃島に由来します。徳川家康が摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)の漁師を江戸に呼び寄せ、隅田川河口を埋め立てて与えた島が佃島です。漁師たちは小魚を塩辛く煮た保存食を作り、その余りを売り出した——これが佃煮の始まりとされます。
江戸前の佃煮は辛口で濃く炊くのが特徴です。常温で日持ちし、夏の弁当でも傷まないことが求められたためです。参勤交代の武士が江戸土産に持ち帰ったことで全国へ広まったとも言われます。材料はワカサギ、イカナゴ、アサリ、昆布など、江戸湾でとれた小さなものが中心でした。
鮒佐が加えた改良は、この流れのなかで見ると意味がはっきりします。塩煮から醤油煮へ——醤油は保存性を高めるだけでなく、素材ごとの香りと甘みを引き出します。そして雑魚をまとめて炊かず、種類ごとに分ける。素材に合わせて炊き加減を変えられるようになり、保存食は「選んで買う商品」に変わりました。
何が名物か——通年の品と季節の品
鮒佐の江戸前佃煮は、通年の品と季節の品に分かれています(鮒佐公式サイト・2026年10月7日確認)。
- 通年:昆布、ごぼう、あさり、海老、しらす、穴子
- 季節限定:小はぜ、のり、稚あゆ
季節の品があるのは、江戸湾でとれる魚に旬があったからです。小はぜも稚あゆも、とれる時期にしか作れません。通年の品で店を支え、季節の品で江戸前の時間を見せる——品書きの組み方そのものが、この店の成り立ちを語っています。
鮒佐の佃煮は、泉鏡花、谷崎潤一郎、永井荷風といった文人に愛されてきたことでも知られ、ふるさと納税の返礼品にも採用されています(鮒佐公式サイト・2026年10月7日確認)。
浅草橋という場所
店がある浅草橋は、人形と玩具の問屋街として知られる町です。台東区の観光情報は、東京の人形問屋の7割以上がこの界隈に集まったと記しています。江戸の人形店・吉徳の本店もここにあります。
問屋街であることは、佃煮屋にとっても無縁ではありません。人が商いで集まる町には、日持ちする手土産の需要がある——創業の地である浅草瓦町が、いまの浅草橋2丁目にあたります。初代が店を構えてから、鮒佐はこの場所を動いていません。
店を訪ねる
- 住所:東京都台東区浅草橋2-1-9
- 電話:03-3851-7043
- 営業時間:月曜〜土曜 9:00〜17:00
- 定休日:日曜・祝日、第3月曜日
- 公式サイト:鮒佐
※営業情報は鮒佐の公式サイトの記載によります(2026年10月7日確認)。価格や取扱商品は時期により変わることがあります。
なお、鮒佐は老舗通販.netには出店していません(2026年10月7日確認)。お取り寄せは公式サイトからどうぞ。
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チャンネル「日本の老舗」について
この動画は、YouTubeチャンネル「日本の老舗」で公開している当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」(CICライブシリーズ)の一本です。3代100年続いてきた秘訣を、当主ご本人の言葉で聞く番組です。ほかの回は連載「動画で見る日本の老舗」からご覧ください。
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