水と熱と圧力のみでタイマイの甲羅を貼り合わせ、美しい柄を作り出す「江戸べっ甲」。1802年創業の「石川べっ甲製作所」は、江戸べっ甲の装飾品を製造、加工、販売する老舗です。ワシントン条約によって原材料が手に入らない危機を乗り越え、この先も伝統技術を絶やさぬよう日々努力を重ねています。「agataJapan tokyo」を運営する株式会社スターマーク・代表の林正勝が、7代目の石川浩太郎さんにお話を伺いました。
林:本日お話をお聞きするのは「石川べっ甲製作所」7代目の石川浩太郎さんです。
石川さん:「石川べっ甲製作所」7代目の石川浩太郎と申します。弊社は1802年に日本橋馬喰町創業し、現在221年目になります。工場は東京都の墨田区錦糸町にあります。亀戸には、2011年にオープンした直営店がございます。いろいろな世代の方が楽しめるべっ甲アイテムを提供したいという思いでオープンしました。べっ甲製品の修理などトータルサービスも承っています。皆様、機会がございましたらぜひお越しください。
江戸べっ甲とは?未来に繋いでいくために
石川さん:「べっ甲細工」とは、タイマイというウミガメの甲羅から作られた細工物のことです。日本におけるべっ甲の歴史はかなり古くて、飛鳥・奈良時代、いわゆる遣隋使の時代に中国から伝わったとされています。その後、べっ甲はヨーロッパで非常に栄え、長崎の出島に伝来し、長崎を中心に職人が技を競い合っていきました。そして、1603年に江戸幕府が開かれた頃が我々の「江戸べっ甲」の起源だと伝えられております。
石川さん:1688年頃、貼り合わせの技法が伝えられます。その頃は「べっ甲」ではなく「タイマイ細工」と呼ばれてました。このタイマイ細工によって作られたかんざしなどの装身具が花街を中心に爆発的な人気を得て、庶民にも広がっていきます。ちなみに、なぜタイマイ細工が「べっ甲」という名前に変わったかというと、いわゆる「贅沢禁止令」に引っ掛かり、タイマイ細工が禁制品になったことが関係しています。その中で考えられた結果、「スッポンの甲羅」という意味だった「べっ甲」という言葉を使って、秘密裏に制作が続けられました。その頃から「べっ甲細工」というふうに名前が変わったと伝えられてます。そういうちょっと面白い歴史があります。
林:時代劇で描かれるような「お代官様、これは(禁制品であるタイマイ細工ではなく)べっ甲でございます」「ならば仕方あるまい」というシーンがあったかもしれないですね(笑)。
石川さん:このべっ甲細工ですが、現代になってからも、ちょっとした危機がございました。1992年にワシントン条約によって、タイマイの甲羅の輸出入が一切禁止になったのです。そこで日本の我々べっ甲業界は何とかタイマイの甲羅の供給を維持すべく、沖縄の石垣島でタイマイの養殖を開始しました。現在は、将来的に安定供給ができるところまで至っており、これからは、純日本産のタイマイを使ったべっ甲細工が生まれていくと思います。石垣島には現在約300頭のタイマイのウミガメが育っています。それが僕らの未来を繋ぐ唯一の希望ですので、何とか続けていかなければと業界一丸となって頑張っています。
林:原材料をどうやって手に入れるか、加工してくれる職人をどうキープしていくか。非常に大きい問題ですね。伝統工芸共通の悩みだと思います。
江戸べっ甲の製作工程/美しいべっ甲細工、材料選びが製作のポイント
石川さん:次に弊社オリジナルのべっ甲を使った時計の製作工程を簡単に説明していきます。
①「材料選び」のポイントは柄選び
まず「材料選び」です。ポイントは出来上がりの柄をイメージして、タイマイの甲羅を選ぶこと。タイマイの甲羅は人工物ではないので、柄が一つ一つ全く違います。
②複数に「切り出し」
材料を選んだら「切り出し」を行います。どういった形の生地を作るのか考えながら、糸鋸を使って複数に切り出します。
③「粗削り」
材料についている大きな傷を取るために「粗削り」をします。天然の個体ですので、元の材料は非常に傷が多いのです。これを綺麗に磨いていきます。
④「削り」
そして「削り」の工程です。べっ甲細工の中で伝統的工芸品の技術に指定されている「張り合わせ」を行うために、「削り」が非常に大事なポイントになります。
⑤「柄合わせ」
次は「柄合わせ」ですね。2つの柄を貼り合わせたときに、どういう柄になるのかをイメージしながら柄を合せていきます。作り手の技術やセンスが出る部分です。
⑥「張り合わせ」
そして「張り合わせ」を行います。タイマイの甲羅は、他のウミガメと違ってニカワ質が非常に強い材質なんです。このニカワ質を利用して、水と熱と圧力を使って甲羅を貼り合わせていきます。この作業が最も特殊な技術の一つとされています。
林:何年くらいでタイマイが成長して、材料として使えるようになるんでしょうか?
石川さん:我々が養殖しているタイマイは、約6年である程度の大きさにまで育てることができるようになっています。かなり大きくするには10年20年必要なんですが、それを5年~年で材料として使えるような技術を生み出しました。
林:そうやってできた材料を使っているのですね。
石川さん:はい。そして先ほど説明した「柄合わせ」をした後、甲羅と甲羅を貼り合わせます。ニカワ質を溶けやすくするために、適度に水分を含ませながら、ベニヤ板でべっ甲板を挟みます。それを鉄板に挟み、万力で圧着します。このとき強すぎても弱すぎても駄目なんです。ここが一番の技術の見せ所です。
林:大変そうですね。割れたりもしてしまうわけですね。
石川さん:圧着しすぎると潰れてしまいますし、圧着しないとくっつかない。これは毎回同じように圧力をかければいいわけではなく、技術者が材料に適した圧力を考えながら、力加減を変えています。
林:なるほど。蕎麦を打つときに毎回水の量が違うという話と同じようなことですね。
石川さん:そうです。やっぱりマニュアル化できないのが難しさであり、面白さでもあります。
林:そこに価値があるんですね。
石川さん:それから、分くらい圧力をかけた状態で寝かします。その後、しっかり貼り合わせがなされているかを確認して、素早く蒸します。潰れた材料をもう一度温めることによって、材料がふっくらとします。取り出したら、柄がしっかり生きてるかを確認します。先ほどまでバラバラだった材料が一つの板になっているんです。これが江戸べっ甲の特徴である「張り合わせ」という技術です。その後、時計バンドのサイズに切り出し、熱して柔らかくした状態から型で曲げて丸くしていきます。
林:一生懸命手間をかけて素材を作りますけど、切り出したら使わない部分も出てきちゃうんですね。
石川さん:そういうことです。べっ甲は金と違って溶かしたりできないので、無駄が出ないようにうまく柄を選びながら生地を作らなければいけないんです。そこは技術者の腕の見せ所ですよね。
前編ではべっ甲業界が乗り越えてきた危機や、江戸べっ甲の制作工程などについてお話をお聞きしました。後編では、老舗の事業承継や、江戸東京ブランドのあり方などについて、引き続きお話をお聞きします。
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