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日本刀剣|明治創業、虎ノ門の刀と目貫ブローチを四代目が語る【動画】

日本刀剣(にほんとうけん)は、東京・虎ノ門の桜田通り沿いで、美術日本刀と刀装具、武具甲冑を扱う刀剣専門店です。英名は Japan Sword Co.。店の二階には鎧や陣羽織、弓矢の箱までがガラスケースなしで並び、刀身の研磨や外装の作成、評価鑑定や売却の相談にも応じています。現在の当主は四代目・伊波賢一(いは けんいち)氏。

刀剣というと戦の道具という印象が先に立ちます。けれども伊波氏が繰り返すのは、店に並ぶ刀は基本的に戦いに使われていない、という話です。刀は殿様が友好の証として贈り、功績への褒賞として与えるものでもありました。刃が美しく形の整った刀を、この世界では「健全」と呼びます。日本刀剣が取り組んでいるのは、その刀を武器ではなく美術品として見てもらうための工夫です。

agataJapanのYouTubeチャンネルでは、伊波氏が語る約45分のインタビューを公開しています。CIC Tokyoを会場に配信してきた番組「伝統はイノベーションの連続である」の一回です。この記事では、動画の内容に加えて、新富町の袋小物屋から虎ノ門の刀剣専門店になるまでの歩み、片方だけ残った目貫をブローチに仕立てる試み、そして刀を手に入れるための登録証の仕組みまでを、公式サイトと公開資料で裏を取ってまとめました。(本文の事実関係はいずれも2026年10月18日に確認しています)

動画で語られているのは何か

動画は2021年12月9日の公開で、長さは44分54秒。CICライブのこのシリーズには章立て(チャプター)が設定されていないため、以下は動画の概要欄と、同じ取材をもとにしたagataJapanの連載コラム(前編・後編)から、話題の並びを整理したものです。タイムスタンプは動画側に用意がないため記していません。

  • 袋小物屋から刀剣商へ — 日露戦争から戻った曾祖父が怪我を負っていたため、骨董品を売買する問屋に商いを変えたと伝えられている、という創業期の話
  • GHQの取り調べ — 戦後、刀剣を扱っていたために祖父が取り調べを受け、そのまま接収された刀剣の歴史的価値を見分ける作業に駆り出されたという話
  • 「士魂商才」の書 — 山本五十六に書いてもらい、店に飾っているという書。武士の気構えを忘れずに商売をする、という意味だと伊波氏は説明します
  • 父の教え — 「刀に惚れすぎて自分のコレクションを持つな」。売るために買った刀に惚れ込めば手放せなくなり、商売にならないという戒め
  • 目貫のアクセサリー — 糸が切れて片方だけになった目貫を、世界に一つのブローチやカフスに仕立てる試み。鍔を額に入れて絵画のように飾る構想も語られます
  • いま直面している課題 — 刀鍛冶や研ぎ師を志す人はいるのに、太刀に付く細かな金具や木の鞘を作る職人が減っているという、技の継承の偏り

日本刀剣とは — 新富町の袋小物屋から虎ノ門へ

創業は明治時代。はじまりは刀剣商ではなく、東京・新富町(現在の中央区)の袋小物屋でした。伊波氏によれば、日露戦争から戻った曾祖父が怪我を負っていたことから、骨董品を売買する問屋へと商いを変えたと伝えられています。大正2年ごろの東京を描いた劇作家・岸井良衞の『大正の築地っ子』にも伊波の名が出てくるそうです。

その後、二人の息子が店を手伝うなかで、次男が現在の虎ノ門へ移ります。agataJapanの老舗ページの沿革では、大正12年(1923年)の関東大震災を機に港区虎ノ門の桜田通り沿いへ移転し、店は刀剣を主に扱うようになったとされています。当時この一帯には武家屋敷の跡や骨董品を扱う店が多かったといいます。虎ノ門という地名そのものが、江戸城の外堀に設けられた見附「虎之御門」に由来します。

店に残る写真の一枚には「JAPAN SWORD」の大きな看板が写っています。1950年代ごろのものではないかと伊波氏は言います。戦前は軍刀の外装を仕込む仕事を手がけ、戦後は祖父がGHQの取り調べを受けました。もっとも刀の知識があったことから、接収された刀剣を廃棄してよいか、歴史的な価値があるかを分ける作業に駆り出され、ずいぶん働いたと聞いているそうです。祖父・富次郎氏が黒澤明監督に刀を説明している写真や、米大使館に勤めていたマッカーサーの甥にサーベルを納めたときの記念写真も店に残っています。

創業年について:公式サイトは「創業から100年を超える」とし、agataJapanの老舗ページも「創業 明治時代」とするのみで、具体的な創業年を明記した資料は確認できませんでした。この記事では和暦・西暦を特定せず「明治時代の創業」と記しています。(2026年10月18日確認)

四代目はどんな経歴で店に戻ったのか

伊波氏は大学でマーケティングのゼミに在籍し、小売業を学びたいと考えて銀座の和光に就職しました。勤めたのは約5年。外商部に移ってからは売上を大きく伸ばしたといいます。大学2年のころには家業の経理を手伝い、銀行へ行ったり帳簿をつけたりして「商売は面白い」と感じていた一方、当時は景気が悪く父が苦労していたため、すぐに継ぐ気持ちにはなれなかったと振り返ります。

転機は、仕事で伸ばした力を家業に使ってみたいという思いが芽生えたことでした。父の体調がよくなかったことも背中を押したといいます。ただ刀剣の世界は、少し勉強しただけでは補えない深さがありました。そこでたまたま空いていた博物館の席に2年ほど籍を置いて学んでから、本格的に業界へ入りました。本人が「人生の転機だったかもしれない」と語る期間です。

子どものころ、刀そのものは商品なので触らなかったそうです。一方で鍔(つば)や目貫(めぬき)といった刀装具のデザインが好きで、中学生のころには店頭で並べ替えたりしていたといいます。店の二階では戦時中に刀剣の外装を作っており、その技術を生かして記念品の短剣などを作る職人が何人もいました。三階には祖父母が住んでいて、よく遊びに行っていたそうです。

受け継いできたもの — 「士魂商才」と、惚れない商い

伊波家に文章としての家訓はありません。代わりに店に掲げられているのが、山本五十六に書いてもらった「士魂商才」の書です。伊波氏によれば、店の近くに海軍の社交クラブ「水交社」があり、山本五十六がよく立ち寄っていた縁だといいます。武士の気構えを忘れずに商売をしていこう、という意味だと説明されます。

この言葉は、渋沢栄一が『論語と算盤』(1916年)で用いたことで知られます。菅原道真が遺したとされる「和魂漢才」をもとにした言葉だと解説されることが多く、武士の精神と商人の才覚を併せ持つことを指します。刀を商う店に掛かっているとき、この四文字はただの訓示ではなく、扱う品そのものの説明にもなります。

もう一つ、父から繰り返し言われてきた教えがあります。「刀に惚れすぎて自分のコレクションを持つな」。売るために買った刀に惚れ込んでしまえば手放したくなくなり、商売にならない。他の美術品を集めるのはかまわないが、扱う商品はコレクションにしないこと、という線引きです。鑑定を仕事にする店が、自分の好みから距離を取るための規律だと読めます。

変えてきたこと — 箱の中の刀装具を、身につける

伊波氏が課題として挙げるのは、刀装具の愛好家の多くがコレクションを箱に入れたまましまっている、という現状です。鍔にはファンが多いのに、飾って愛でる人は少ない。そこで取り組んでいるのが、鍔を額に入れて絵画と同じように楽しんでもらうことです。

もう一つが目貫のアクセサリーです。目貫は表と裏で必ずペアになる金具ですが、糸が切れて片方だけになってしまったものがあります。それを生かそうと、世界に一つのブローチやカフスに仕立てました。老舗通販.netで扱われている「目貫ブローチ 枝牡丹図」は、江戸後期に作られた目貫を仕立て直したもので、量感豊かに彫られた牡丹が見どころです。

現代の刀工作家への姿勢にも、同じ考え方が通っています。伊波氏によれば、いま刀工で生計を立てている人は60〜70人ほど。そうした作家を百貨店で紹介し続けたいと語ります。利益の面では厳しくても、刀剣の文化を繋いでいくためには大切なことだという判断です。あわせて、展示会の機会には広く客を迎えて説明し、しっかり見てもらうことを重視しています。入り口はアニメでも何でもよいが、知識と作法は正しく伝えなければならない、という立場です。

そして、いま解けていない課題もはっきり語られます。陛下の側近が身につけ、武将が式典で用いた太刀には、小さな金具のパーツが数多く付きます。刀鍛冶や研ぎ師を志す人は今の時代も少なくないのに、こうした細かな金具や木の鞘を作る人は減ってきている。鞘は一振りごとに刀身へ合わせて作らねばならず、応用の利かない仕事です。これを現在の技術でどこまで作れるかが悩みだと伊波氏は言います。

刀剣をどう見るか — 鍔と目貫、そして登録証

動画の後半は、ほとんど刀剣の入門講義です。刀身の長さと反りを見れば年代がある程度わかるため、鑑定ではそこを重視する、という話から始まります。火縄銃が入ってきた1500年代には、馬上にいると撃たれてしまうため、大将が後方に座って周囲を人が固める陣形が増えました。すると長い刀は不便になり、刀は次第に短くなっていきます。幕末に向けては反りが少なく、70センチほどのものになっていったといいます。太刀は長く刃を下に向けて吊り、刀は刃を上に向けて差す、という違いも説明されます。

鍔が何のためにあるかという問いも出てきます。相手の刀を受けたときのストッパーであると同時に、刀はまっすぐな棒なので、力を入れて刺すと手が刃の方へ滑ってしまう。それを押さえる役割があるのだと伊波氏は答えます。それなら板一枚で足りるはずのものに、菊の花を散らし、中国の故事を写し、自分の干支を彫る。江戸時代には大きな戦がなく、侍はそこでおしゃれを楽しんだのだと言います。刀を持てない商人も脇差なら許されたため、自分だけの拵(こしらえ)を作らせていたそうです。季節によって鍔を替える人もいたといいます。

柄に巻かれている白い斑点のある皮は、梅花皮(かいらぎ)ザメと呼ばれるエイの一種です。木の上から皮を貼り、ブツブツした部分に漆をかけて黒を沈着させ、表面を磨くと白い斑点が浮かび上がる。それが梅の花に見えることからこの名が付いたと説明されます。

そして目貫です。これは刀身と柄の穴を通して刀身を留める金具で、刀身側の穴を目釘穴と呼びます。折れれば刀身が柄から抜けてしまうため、本来きわめて重要な部品でした。のちに装飾金具としての役割が強くなります。柄の中央でもっとも目立つ場所にあることから、江戸時代には「目立つもの」を目貫と呼ぶようになり、街の中心の賑やかな大通りを指す「目抜き通り」という言葉が生まれたとされています。遅くとも大正時代には使われていた言い方です。伊波氏が動画でこの語源に触れるとおり、刀の部品の名前が、いまも地図の上に残っています。

刀は買えるのか。銃刀法があるから持てないと思っている人は多いのですが、と伊波氏は言います。制度を確認すると、銃砲刀剣類の所持は銃砲刀剣類所持等取締法の第3条で原則として禁止されていますが、美術品として価値のある刀剣類は登録を受けることで例外として所持できます(第3条第6号・第14条)。登録は所有者の住所がある都道府県の教育委員会等が行い(第14条第2項)、審査委員の鑑定を経て登録証が交付されます(第15条第1項)。文化庁の説明で特徴的なのは、登録の対象が人ではなく刀剣類そのものである点です。そのため登録品は所有者が誰であっても所持が認められ、許可制度とはここが大きく違います。所持や携帯、運搬、譲渡の際は登録証を現物と一緒に携行することが求められます(第18条)。対象は伝統的製法で作られた日本刀で、昭和刀や満鉄刀、外国製刀剣、指揮刀・儀礼刀などは登録の対象外です。

業界の側にも仕組みがあります。刀剣商と刀職者の協同組合である全国刀剣商業協同組合(刀剣組合)は内閣総理大臣認可の組合で、昭和62年9月に設立されました。令和元年時点の組合員は約170名。毎月17日の交換会と、年に一度の大刀剣市を開いています。2025年の大刀剣市の出店者一覧には「(株)日本刀剣 東京都港区虎ノ門3-8-1」が掲載されています。(2026年10月18日確認)

買う・訪ねる

店舗は東京都港区虎ノ門3-8-1。電話は03-3434-4321(FAXは03-3434-4324)。公式サイトによれば営業時間は10:00〜17:00で、現在は時短営業中とされています。定休日は日曜・祝日。古物商許可は東京都公安委員会 第1707号です。(公式サイトで2026年10月18日に確認。訪問前に最新の営業状況をご確認ください)

扱っているのは美術日本刀、鍔や目貫などの刀装具と拵、兜やよろいといった武具、刀剣や兜の模造品と工芸品です。御刀の研磨・手入れ・外装作成、美術品全般の評価鑑定と買受け、相続にともなう評価や委託販売の相談にも応じています。鎌倉から江戸時代の刀を中心に、現代作家の作品も展示販売されています。

価格の表記について:agataJapanの老舗ページは「目貫ブローチ 枝牡丹図 140,000円」と記載していますが、老舗通販.netの商品ページでは121,000円と表示されています。刀装具は一点ものであり、価格も在庫も時期によって変わります。購入の際は商品ページか店舗で最新の情報をご確認ください。(2026年10月18日確認)

老舗フェスティバル2026 by agataJapan

2026年10月3日、東京・日本橋で「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」を開催しました。全国の老舗が一堂に集まり、三井本館見学会や老舗・ご当地セミナーをはじめとする企画に多くの方がお越しくださいました。ご来場いただいた皆さま、ご出展いただいた老舗の皆さまに、あらためて御礼を申し上げます。

日本刀剣は2026年のフェスティバルには出展していませんが、箱にしまわれていた刀装具を身につけられる形にし、現代の作家を百貨店で紹介し続けるという取り組みは、このイベントが伝えようとしてきた「三代百年を越えて受け継がれてきたもの」の現在形に重なります。当日の様子や御礼は、以下のページからご覧いただけます。

100年続く老舗の品を、お取り寄せで

「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。

老舗通販.net で老舗の品を探す

動画で見る日本の老舗

この動画は、CIC Tokyoを会場に配信してきた番組「日本の老舗 〜伝統はイノベーションの連続である〜」の一回です。日本各地の文化と経済の中心である老舗をテーマに、3代100年続いてきた秘訣、伝統と革新、家訓など、普段あまり語られてこなかったエッセンスをご当主に伺うインタビューで構成されています。

YouTubeチャンネル「日本の老舗」とagataJapanでは、全国の老舗のご当主インタビューを公開しています。agatajapan.com では、このシリーズの記事を 動画で見る日本の老舗 にまとめています。

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