中沢乳業(なかざわにゅうぎょう)は、業務用の生クリームを主力とする乳製品メーカーです。創業は明治元年(1868年)。初代・中沢惣次郎が、現在のJR新橋駅烏森口の付近で牧場を開き、牛乳の製造販売を始めたのが始まりと伝えられています。いまケーキ屋のショーケースに並ぶ生クリームの菓子の多くは、この会社が業務用に供給してきたクリームの先にあります。
東京の都心に牧場があった、という話から始まる老舗です。新橋の牧場は市街化とともに築地へ、広尾へ、目黒へと移り、1929年(昭和4年)に牧場そのものを手放して乳製品の製造に専業化しました。牛を飼う会社から、クリームを作る会社へ。150年を超える歴史の中で、一度だけ業態を根こそぎ変えています。
agataJapanのYouTubeチャンネルでは、代表取締役社長・中澤謙次(なかざわ けんじ)氏が語る約30分のインタビューを公開しています。CICライブの番組「伝統はイノベーションの連続である」の一回です。この記事では、動画の内容に加えて、創業と沿革、生クリーム専業への転換、日本初のサワークリーム、そして商品を買える場所を、公式サイトと公開資料で裏を取ってまとめました。(本文の事実関係はいずれも2026年10月16日に確認しています)
動画で語られているのは何か
動画は2022年6月3日の公開で、長さは30分42秒。CICライブのこのシリーズには章立て(チャプター)が設定されていないため、以下は動画の概要欄と、同じ取材をもとにしたagataJapanの連載コラム(前編・後編)から、話題の並びを整理したものです。タイムスタンプは動画側に用意がないため記していません。
- 創業時の生クリーム — 機械のない時代、搾りたての牛乳を置いて浮いた脂肪をすくって作っていたという話。日本で最初に生クリームを作った可能性があると中澤氏は語っています
- 依頼から生まれた商品 — スメタナ、クロテッドクリーム、レリボ。いずれも顧客の求めが先にあり、商品が後から形になったという開発の順番
- 「裸」という言葉 — 家訓はないが、歴代の社長が社長室に掲げてきた一文字と、父の書「愚痴を言うな。泣いたら駄目だ。」を大切にしているという話
- 有無相通 — 自社にあるもの(開発力・技術・販売力)とないもの(設備)を数え上げ、相通じる会社と組んで作るという考え方
- 乳化技術という財産 — 生クリームの乳化技術を受け継ぐ研究スタッフを会社の資産と位置づけ、チーズソースなど他分野へ応用していく構想
- 売れない商品を残す理由 — 利益だけを目的にせず、文化的な価値のある商品を品揃えに残すという判断
- 過去ではなく未来の話を — 長く続いてきたことが将来の保証にはならない、という現社長の危機感
中沢乳業とは
公式サイトは創業を「明治初年」とし、沿革の最初の行に「1868年(明治初年) 初代中沢惣次郎が個人で、現在の新橋駅前に牧場を営む」と記しています。agataJapanの連載コラムも創業を1868年(明治元年)、牛4頭の牧場からの出発としています。ただし港区の地域メディア「いざまち」の取材記事は、創業は明治元年と言われているもののはっきりした資料は残っていないと明記しており、2018年に創業150周年記念誌を作る際に歴史を調べ直したと伝えています。本稿も1868年を伝承として扱います。
同記事によれば、初代は1837年に現在の兵庫県神戸市の農家に生まれ、1865年に家族を連れて江戸へ移り、南麻布の天現寺あたりに住んだとされます。1868年3月に新橋駅の汐留寄り(烏森)に土地を取得して牧場を始め、当時の日本ではまだ知られていなかったホルスタイン種をアメリカから輸入したとも記録されています。初代の表記は公式沿革が「中沢惣次郎」、いざまちの記事が「中澤惣次郎」で、本稿は公式に合わせました。二代目は初代の養子で、1890年ごろに23歳で牧場を継いだとされます。
現在の代表取締役社長は中澤謙次氏です。社長インタビュー媒体「社長名鑑」によれば1972年に東京で生まれ、別の食品会社を経て27歳で中沢乳業に入り、36歳でグループのサンワ乳研の経営を引き受け、2014年に中沢乳業の社長に就任しています。次男で、もともと家業を継ぐ立場ではなかったとも語っています。なお公開されている資料には何代目という記載が見当たらないため、本稿では代数を記していません。
会社概要によれば、本社は東京都大田区大森本町1-6-1 大森パークビル6階。資本金5,400万円、従業員194名(2026年5月末現在)。製造の拠点は神奈川県藤沢市遠藤の湘南工場です。設立年については、沿革が「1952年(昭和27年) 法人を設立し、中沢牛乳株式会社とする」とする一方、会社概要は「設立 昭和48年6月」(1973年)としています。1987年の分社化と2017年の合併を経ているため、後者は現在の法人の設立登記を指すものと見られますが、資料上は両方の記載があるため併記しておきます。商号が「中沢乳業株式会社」になったのは1964年(昭和39年)です。
新橋に牧場があった時代
中沢乳業の創業地は新橋です。いまの感覚では都心に牧場があることが不思議に思えますが、日本の酪農はむしろ都心から始まりました。一般社団法人Jミルクの研究資料によれば、明治2年に由利公正が雉子橋の厩舎に前田留吉を雇って搾乳法を伝えさせ、明治4年には前田留吉が芝西ノ久保桜川町で搾取業を開業、同年に5軒が加わって乳牛15頭で営業を始めています。明治政府は、職を失った武士の授産策として畜産を奨励しました。搾乳業は士族の商法の中でも当たり業の一つと言われたと同資料は記しています。
東京の搾乳場は明治13年の府統計で70か所・乳牛396頭、明治15年には業者84名・乳牛489頭と増えていきます。転機は明治33年(1900年)の牛乳営業取締規則で、都市部での乳牛飼育は公害などの問題から郊外への移転を迫られ、明治39年には都心4区の搾取業が消滅したとされています。
中沢の牧場も、この流れの中を動いていきました。いざまちの記事によれば、1883年の鹿鳴館の建設で西洋料理に使う牛乳の需要が高まったことが事業の転機になり、鉄道の開通で周辺が市街化すると販売店だけを新橋に残して牧場は築地へ移転。1896年ごろに渋谷区広尾に約5,000坪の牧場を構え、1912年には目黒競馬場に隣接する土地へ移っています。(同記事には「明治29(1829)」という表記がありますが、明治29年は1896年です)
牧場を手放して、クリームの会社になる
洋菓子店の開業が増えるにつれて、求められるものが牛乳から生クリームへ移っていきます。いざまちの記事は、1923年に遠心分離式の生クリーム製造機を導入し、1929年に目黒の牧場を売却して乳製品の製造に事業を絞ったと記しています。帝国ホテルをはじめとする取引が始まり、1964年の東京オリンピックのころから需要がさらに伸びて、生クリーム全般を扱う総合乳製品メーカーになりました。
公式の沿革にも、この路線が年ごとに並んでいます。1962年に東京都杉並区へ生クリーム専門の杉並工場を建設し、衛生技術研究所を設置。1996年には神奈川県藤沢市に湘南工場を建設して杉並工場を全面移転。2000年に湘南工場のクリーム製造ラインがHACCPの承認を取得し、2023年にはFSSC22000を取得しています。牛を飼う会社だった時期よりも、クリームを作る会社としての時間のほうが、すでに長くなっています。
日本初のサワークリーム、そして依頼から生まれた商品
公式サイトは、1960年に業務用として日本で初めてサワークリームを商品化したとし、「サワークリームの中沢」として知られてきたと記しています。沿革には同じ1960年に「乳酸菌培養製法によるサワークリームの製法特許を取得」とあります。連載コラムで中澤氏は、戦後に近くのロシア大使館から依頼を受けて開発したのがこのサワークリーム系の製品「スメタナ」だったと語っています。
同じ順番で生まれた商品がいくつもあります。クロテッドクリームは新宿のホテルの料理長からの相談がきっかけで、公式沿革では1994年(平成6年)に「中沢クロテッド」の製造・販売を開始しています。フランス人シェフの依頼で作った「レリボ」は、売れ行きが振るわないと中澤氏自身が認めながら、文化的な価値のある商品として品揃えに残すと述べています。利益だけを基準にしない判断を、はっきり言葉にしているところがこの回の聞きどころです。
中沢乳業は「生クリームの日」(9月6日)と「サワークリームの日」(3月8日)の制定者でもあります。いずれも前身の中沢フーズ株式会社が制定し、2016年に一般社団法人日本記念日協会に認定・登録されました。日付は「ク(9)リーム(6)」「サ(3)ワー(8)」の語呂合わせです。
クリームという製品 — 規格の話
生クリームと呼ばれているものには、法令上の区分があります。乳等省令はクリームを「生乳、牛乳又は特別牛乳から乳脂肪分以外の成分を除去したもの」と定義し、乳脂肪分18.0%以上と定めています。添加物を加えたものや植物性脂肪を混ぜたものはこの区分に入らず、「乳又は乳製品を主要原料とする食品」に分類され、両者をまとめて「クリーム類」と呼びます。
乳脂肪だけのクリームは風味がまろやかな一方、振動に弱く扱いが難しいとされます。乳化剤や安定剤を加えたものは作業性がよくなり、乳脂肪にヤシ油やパーム油などの植物性脂肪を合わせたものはコンパウンド(混合脂肪)と呼ばれます。中沢乳業がこのコンパウンドクリームを開発したことは、いざまちの記事にも記されています。菓子職人がクリームを選ぶときに見ているのは、この区分と乳脂肪分の数字です。会社が乳化技術を財産と呼ぶ理由も、ここにあります。
有無相通 — 持たないものを数える
連載コラムの後編で中澤氏が挙げているのが「有無相通」という言葉です。自社にあるもの、つまり開発力と技術と販売力、そして自社にないもの、つまり設備を、はっきり分けて考える。全国には稼働していない設備があるのだから、それを生かせばよい、という発想です。工場のラインでは小さな窯のようには作れないため、自社だけで製造することをやめ、開発は自社で行って製造できる会社を探す方針に切り替えたと語っています。コラムはこの考え方から生まれた例としてカスタードクリームを挙げています。
判断の材料については、営業の報告書、新聞やメディアの情報、顧客との直接の会話の三つを照らし合わせると述べています。新しく開く店を早くから訪ねておくことが将来のシェアに関わるという話も、職人と顔を合わせる商売の延長にあります。そして、長く続けてきたことが将来の保証にはならないとして、過去ではなく未来の話をしながら革新を続けたいと締めています。155年を超えた会社の当主の言葉として、動画と合わせて聞いておきたい一節です。
名物と商品
主力はフレッシュクリーム(生クリーム)と、ホイップ製品の「ナイスホイップ」です。公式サイトのコーポレートメッセージは「生クリームの美味しさをゆっくり、しっかり」。家庭でも使える商品としては、中沢クロテッド(100g)、中沢サワークリーム(90ml・180ml)、冷凍の中沢カスタード、中沢プリンベースN、3種チーズのソースなどが並びます。グループの事業はいまや生クリームだけではなく、チーズ、液卵、輸入食品を含む四つの柱で構成されています。
- フレッシュクリーム — 業務用生クリーム。洋菓子店・ホテル・レストランに供給されてきた主力
- 中沢サワークリーム — 1960年に業務用として日本で初めて商品化。製法特許を取得している
- 中沢クロテッド — 1994年発売。ホテルの料理長の相談から生まれたクロテッドクリーム
- 中沢カスタード・プリンベースN — 手間のかかる工程を引き受ける中間加工品
- ナイスホイップ — 会社概要が業務種目に挙げるホイップ製品
買う・訪ねる
中沢乳業は業務用が中心のメーカーですが、家庭用の商品は公式のオンラインショップと、全国のスーパーや百貨店で扱われています。公式のe-shopは2020年に開設されたものです。
- 中沢乳業 公式サイト — 会社概要・沿革・製品情報・レシピ
- 中沢乳業 公式オンラインショップ(e-shop) — 家庭用商品の取り寄せ
- クリームについて(公式) — クリームの区分と乳脂肪分の解説
- agataJapanの連載コラム お客様からの要望に応えることがイノベーションにつながる・「有無相通」の精神でビジネスを広げていく
- 老舗通販.netの食の名物・発酵食品の特集(中沢乳業は出店していません)
- エリアから探す: 東京都の老舗
本社の所在地は東京都大田区大森本町1-6-1 大森パークビル6階です。業務用の取引や商品についての問い合わせは公式サイトの窓口からご確認ください。なお創業の地である新橋には、2018年に東京統括オフィスを大田区大森本町へ開設して以降、営業拠点が移っています。
老舗フェスティバル2026 by agataJapan
2026年10月3日、東京・日本橋で「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」を開催しました。全国の老舗が一堂に集まり、三井本館見学会や老舗・ご当地セミナーをはじめとする企画に多くの方がお越しくださいました。ご来場いただいた皆さま、ご出展いただいた老舗の皆さまに、あらためて御礼を申し上げます。
中沢乳業は2026年のフェスティバルには出展していませんが、洋菓子店やホテルの求めに応えながら商品を作り替えてきた歩みは、このイベントが伝えようとしてきた「三代百年を越えて受け継がれてきたもの」に重なります。当日の様子や御礼は、以下のページからご覧いただけます。
100年続く老舗の品を、お取り寄せで
「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。
動画で見る日本の老舗
この動画は、CIC Tokyoを会場に配信してきた番組「日本の老舗 〜伝統はイノベーションの連続である〜」の一回です。日本各地の文化と経済の中心である老舗をテーマに、3代100年続いてきた秘訣、伝統と革新、家訓など、普段あまり語られてこなかったエッセンスをご当主に伺うインタビューで構成されています。
YouTubeチャンネル「日本の老舗」とagataJapanでは、全国の老舗のご当主インタビューを公開しています。agatajapan.com では、このシリーズの記事を 動画で見る日本の老舗 にまとめています。
老舗の魅力の伝え方について、ご相談ください
スターマーク株式会社は、老舗の取材・記事化・動画制作・EC(老舗通販.net)の運営を通じて、三代百年を越えて続いてきた事業の価値を伝える仕事をしています。自社の歴史をどう伝えればよいか迷っている企業の方、老舗との協業をお考えの方は、スターマークのお問合せフォームからご連絡ください。
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