京都・伏見の竹田に、和蝋燭(わろうそく)だけを作り続けている工房があります。有限会社中村ローソク。櫨(はぜ)の実から搾った蝋と、い草の髄を和紙で巻いた灯芯。原料はすべて植物で、職人が一本ずつ手で仕上げます。
その四代目の和蝋燭職人・田川広一氏に話を聞いた回が、YouTubeチャンネル「agataJapan」に公開されています。ご当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」の一本で、長さは44分45秒。この記事では、動画とあわせて、公式サイト・京都府の企業紹介ページ・地域メディアで裏を取った事実を添えて紹介します(事実の確認日はいずれも2026年11月6日)。
この回の見どころはどこか
この動画には章立てのタイムスタンプが付いていません。そのため時刻の目次は作れません。動画概要欄によれば、この番組は「日本各地の文化と経済の中心である『老舗』をテーマとして、3代100年続いてきた秘訣である、伝統と革新、家訓など普段あまり語られてこなかったエッセンスをお伺いするインタビュー」で構成される45分番組です。動画内の個別の発言は書き起こしていません。
そこで以下では、和蝋燭という仕事を理解するうえでの論点を、下の各節で出典を示しながら整理しました。動画を見る前の下敷きとしてお読みください。
- 原料がすべて植物であること — 櫨の実から搾った蝋と、い草の髄を和紙で巻いた灯芯
- 手仕事の工程 — 木型に灯芯を据えて蝋を流し、「清浄生掛け」で上掛けをして仕上げる
- 四代目として家業に入るまでの歩み — 美術大学、会社員、そして先代の病
- 絵ろうそくという新しい商品 — 京都では歴史の浅い分野を、この工房が立ち上げた
- 仏事の道具としての和蝋燭 — 本山で選ばれる理由と、宗派ごとの形
中村ローソクとは — 創業はいつ、何代目か
有限会社中村ローソクは、京都市伏見区竹田で和蝋燭と絵ろうそくを製造・販売しています。創業は明治20年(1887年)。JR東海「そうだ 京都、行こう。」、京都きもの市場、工芸の紹介媒体WABSC、そして同社が関わるプレスリリースのいずれも明治20年創業としています。昭和52年(1977年)に法人化しました。
※京都府の企業紹介ページ(令和元年=2019年5月13日取材、2024年2月25日更新)は「明治10年創業」と記しています。明治10年は1877年で、他の出典と10年のずれがあります。本記事では数の多い明治20年(1887年)を採り、差異をここに記しておきます。
代数の数え方は少し複雑です。田川氏は現在の店の四代目にあたります。もともと京都には本家の蝋燭屋があり七代続いたのちに商いを終えており、中村ローソクはその分家。田川氏自身は、京都で和蝋燭が作られてきた歳月を通算十一代と説明しています(出典:KYOTO T5 職人インタビュー、京都きもの市場)。
四代目・田川広一氏の歩み
田川氏は美術大学で絵を学びました。和蝋燭に初めて触れたのは、その就職活動のとき。卒業後はいったん会社員になりますが、先代の娘である妻と結婚したのち、先代(義父)が倒れたことをきっかけに工房を手伝いはじめ、後継者がいなかったため家業を引き継ぎました。絵を描きたいという気持ちが、のちに絵ろうそくという商品につながります。
いまは有限会社中村ローソクの社長として製造に立ち、道具の多くを自分で作るか、他の伝統工芸の職人に作ってもらっています。各種の媒体に出て和蝋燭を伝える役も担っています。工房では田川尚史氏ら次の世代も製造にあたっており、神社仏閣から回収した余り蝋を混ぜて作り直す取り組みの中では、同店で過去最大となる500匁(約43センチ・重さ2.1キロ)の和蝋燭を手がけました(出典:伏見経済新聞)。
受け継いできたもの — 和蝋燭はこう作る
- 蝋を搾る — ウルシ科の落葉樹・櫨(はぜ)の実の皮を蒸して圧搾し、油脂を取り出して固める。搾りかすは肥料になる
- 灯芯をつくる — い草の髄を和紙で巻き、真綿で留める。中が空洞になるため、ここを空気が通る
- 木型に流す — 灯芯を据えた木型に、溶かした蝋を流し込む。木型は水に浸けておくと外れやすい
- 清浄生掛け(せいじょうきがけ) — 60〜70度の蝋を手で塗り重ねて上掛けし、形を決める。蝋はすぐ固まるので一気に塗る
- 仕上げ — 木型から外し、刃物で下部を整える。色を付けるときは顔料を混ぜた蝋を杓で一本ずつかける
櫨の実の主な産地は和歌山と九州です。櫨ノ木が減って生産量が落ち、島原の産地が雲仙普賢岳の噴火で絶たれたこともあって原料は不足が続いており、同社では米ぬか蝋も併せて使っています。櫨蝋は約60度で溶けますが、米ぬか蝋は70〜80度と融点が高く、手の扱いも変わります。櫨蝋は海外で「ジャパンワックス」と呼ばれ、ハンドクリームの原料として評価されています(出典:KYOTO T5、伏見経済新聞)。
原料の先まで手を伸ばしているのが、京都府立北桑田高校と組んで京都で櫨ノ木を植える「悠久の灯(あかり)プロジェクト」です。櫨や漆といった原材料を地元で調達する地産地消を目指す取り組みで、田川氏は「植林を京都で行い、産業化していくことを目指している」と語っています(出典:伏見経済新聞)。
和蝋燭とは何か — 洋ろうそくとの違い
和蝋燭は、和紙とい草の髄でできた芯に、櫨の実から搾った木蝋(もくろう)を塗り重ねて乾かす工程を繰り返して作ります。いっぽう洋ろうそくは、もとは蜜蝋、のちに鯨油などの動物性油脂、現在はおおむねパラフィンに木綿の芯で、型に流して成形されます。
- 炎が揺れる — 和蝋燭の芯は中が空洞で、ここを空気が通るため炎がゆらめく。ファラデーも『ロウソクの科学』でこの通気構造に驚きを記している
- 明るい — 炎の体積が大きく、明るさは洋ろうそくの約2〜3倍。炎の温度は和蝋燭が約940〜1500度、洋ろうそくが約1100〜1530度で、和蝋燭のほうが低い
- 風に強く、流れにくい — 芯が蝋を速く吸い上げるため、すすも少ない。仏壇や堂内を汚しにくい
- 芯切りが要る — 15センチを超えるものは燃え残った芯が出るので、専用の道具(芯切り)で切って炎を保つ
- 手間がかかる — 手で塗り重ねる「生掛け」は時間と費用がかかるため、現在の市場は型に流す「型和ろうそく」が主流で、伝統的な製法を続ける作り手は少ない
歴史をたどると、和蝋燭は1375年ごろに成立した『太平記』に記述があり、作られはじめたのはそのころと見られています。生産が大きく伸びたのは1700年代以降で、1780年(安永9年)には広島藩が他国への蝋燭800貫・生蝋4200貫の売上を記録しています。産地は鶴岡・酒田(山形)、会津若松(福島)、新潟、七尾(石川)、高島(滋賀)、福井、岡崎(愛知)、西宮(兵庫)、京都、内子(愛媛)、川越(埼玉)、高山・飛騨(岐阜)、名古屋、熊本、島原(長崎)などに分かれていました(出典:ウィキペディア「和蝋燭」)。
仏事の道具としては、本山と呼ばれる大きな寺院で和蝋燭が指定されることが多いのが特徴です。浄土宗・浄土真宗では碇(いかり)型が使われます。規模の小さなお寺では洋ろうそくを用いることも多いといいます(出典:KYOTO T5)。
変えてきたこと — 絵ろうそく
絵ろうそくは、雪深い地域で冬に仏壇へ供える花が手に入らないため、ろうそくに花の絵を描いて代わりとしたのが始まりと言われています。本場は会津若松で、福島県は絵ろうそくを伝統的工芸品に指定しています。2016年のG7伊勢志摩サミットでは、かきつばたを描いた絵ろうそくが各国首脳に贈られました。
いっぽう京都の絵ろうそくは歴史が浅く、昭和期に始まったものです。中村ローソクはおよそ20年前に田川氏が製品化しました。当初は京友禅の絵付師が一本ずつ描き、現在は社員の絵師が専属でデザインを手がけています。色は、染料だと酸化して退色するため顔料を使い、赤には洋朱を用います。絵はアクリル絵具を天然の糊で定着させます(出典:KYOTO T5、そうだ 京都、行こう。、becos journal)。
絵ろうそくは本来、火をつけずに飾るものです。赤いろうそくは主に慶事に使われますが、故人の没後に年月が経った法要で用いられることもあります(出典:京都きもの市場)。
名物・商品
- 和蝋燭(京蝋燭) — 櫨蝋・米ぬか蝋と、い草の髄を和紙で巻いた灯芯。蝋も芯もすべて植物性。仏事用の碇型から、日常使いの小さなものまで
- 手描き絵ろうそく — 専属の絵師による手描き。期間限定品や特注品もあり、「古都乃彩」など京絵師が花を描いたものもある。海外からの旅行者に人気で、英語では「エコキャンドル」「テンプルキャンドル」とも呼ばれる
- 玉締め搾り櫨蝋入りハンドクリーム「和蝋燭職人からのおすそ分け」 — 櫨蝋以外の成分もすべて天然由来。少量を取るための竹べらが付く。年に1回300個の製造
- feu.(ふぅ) — 2026年5月13日に発売した、燭台のいらない日常使いの和ろうそく。和ろうそく5本とマッチ7本入りで、箱の側面でマッチを擦って点火する。1本の燃焼時間は約20分、無香料。株式会社和仏交流社とのプロデュース商品
- 絵付け体験 — 工房で筆を使ってろうそくに紋様を描く体験を受け入れている。各地でのワークショップも
買う・訪ねる
- 店名 — 有限会社中村ローソク
- 所在地 — 京都市伏見区竹田三ツ杭町57-8(〒612-8413)。地下鉄烏丸線・近鉄京都線「竹田駅」から徒歩約5分の工房兼店舗
- 電話 — 075-641-9381(絵付け体験工房の直通は075-644-0733)
- 営業時間 — 9:00〜17:30
- 定休日 — 出典によって記載が異なります。「そうだ 京都、行こう。」は日曜・祝日・第2・第4土曜日、アソビューは土・日・祝とお盆・年末年始。お出かけの前に電話でご確認ください
- 公式サイト — www.kyorousoku.jp(オンラインショップあり)
- 別店舗 — 「おつかいもの本舗」寺町六角店(京都市中京区)でも取り扱い
※住所はアソビューと伏見経済新聞がいずれも「竹田三ツ杭町」としているためこれを採りました。2026年のプレスリリースには「京都市伏見区竹田七瀬川町18-39」の記載があり、工場など別の所在地と思われます。あわせて記しておきます。
※公式サイトは2026年11月6日の確認時点で緊急システムメンテナンス中でした。つながらない場合は時間をおいてお試しください。営業情報の出典と確認日はいずれも2026年11月6日です。
老舗通販.netでの取扱:2026年11月6日に全244コレクションを確認したところ、中村ローソクの商品ページはありませんでした。お取り寄せは公式オンラインショップからどうぞ。
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老舗フェスティバル2026 出展御礼
2026年10月3日に開催した「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」は、多くの方のご来場で無事に終えることができました。ご来場いただいた皆さま、ご出展いただいた老舗の皆さまに御礼申し上げます。当日の様子は公式SNSや「#老舗フェスティバル」「#老舗ウィーク」でご覧いただけます。
※本記事で取り上げた中村ローソクについては、2026年の出展者としての確認が取れなかったため、出展の有無には触れず開催の事実のみを記しています。
100年続く老舗の品を、お取り寄せで
「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。
動画とチャンネルについて
この回を公開しているのは、YouTubeチャンネル「agataJapan」です。ご当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」は、3代100年続いてきた老舗に、伝統と革新、家訓などを聞く45分の番組です。姉妹チャンネル「日本の老舗」でも【五つの奥義】シリーズを公開しています。agataJapanの動画記事は「動画で見る日本の老舗」にまとめています。
老舗の魅力を、ともに伝えませんか
スターマーク株式会社は、老舗の価値を見つけて磨き、伝える仕事をしています。映像の制作、記事やSNSでの発信、通販での販路づくり、イベントへの出展など、ご相談はお問合せフォームからお寄せください。
よくあるご質問
和蝋燭と洋ろうそくは何が違うのですか?
和蝋燭は、和紙とい草の髄でできた芯に、櫨(はぜ)の実から搾った木蝋を塗り重ねて作ります。芯の中が空洞で空気が通るため炎が揺れ、炎の体積が大きく明るさは洋ろうそくの約2〜3倍です。炎の温度は和蝋燭が約940〜1500度、洋ろうそくが約1100〜1530度で、和蝋燭のほうが低くなります。風で消えにくく蝋が流れにくく、すすも少ないので仏壇や堂内を汚しにくいのが特徴です。洋ろうそくは現在はおおむねパラフィンに木綿の芯で、型に流して作られます。
中村ローソクの創業はいつで、いまは何代目ですか?
創業は明治20年(1887年)で、昭和52年(1977年)に法人化しています。現在の工房を率いるのは四代目の和蝋燭職人・田川広一氏です。京都には七代続いた本家の蝋燭屋があり、中村ローソクはその分家にあたるため、田川氏は京都で和蝋燭が作られてきた歳月を通算十一代と説明しています。なお京都府の企業紹介ページは明治10年(1877年)創業と記しており、出典によって10年のずれがあります。
絵ろうそくに火をつけてよいのですか?
絵ろうそくは本来、火をつけずに飾るものです。雪深い地域で冬に仏壇へ供える花が手に入らないため、花の絵を描いて代わりとしたのが始まりとされ、本場は会津若松です。京都の絵ろうそくは昭和期に始まった歴史の浅い分野で、中村ローソクはおよそ20年前に製品化しました。赤いろうそくは主に慶事に使われますが、故人の没後に年月が経った法要で用いられることもあります。






