愛媛県今治市。タオルと造船の街として知られるこの土地に、1831年(天保2年)創業の酒蔵があります。市内でただ一軒残る酒蔵、八木酒造部。代表銘柄は「山丹正宗(やまたんまさむね)」です。
番組「日本の老舗」では、八代目当主・八木伸樹氏に、スターマーク株式会社代表の林正勝(マーク)がお話をうかがいました。テーマは「伝統はイノベーションの連続である」。190年続く蔵が、何を守り、何を変えてきたのか。32分の対談から、見どころをご紹介します。
この対談の見どころ
- 03:41 蔵の紹介 — 1831年、今治で創業。八木伸樹氏は八代目にあたります
- 04:24 タオルの街は、水の街 — 今治のなかでも「一番水がいい場所」に建つ蔵
- 10:00 家訓は、ない — ではこの蔵は何を受け継いできたのか
- 14:54「お酒は美味しいんだけどね」— 帰郷した八代目が最初にぶつかった壁
- 16:58 日本酒は「究極の口コミマーケティングの商材」である、という発見
- 21:37「50年前と同じ造り方です」が売りにならない、日本酒という産業
- 25:48 テロワールを語れる酒へ — オール愛媛で仕込んだ「しずく媛」
- 27:36 海外向けに生まれた純米大吟醸「刀」。ラベルは刀の鍔
八木酒造部とは — 創業1831年、今治でただ一軒の酒蔵
八木酒造部の創業は1831年(天保2年)。創業者の八木治兵衛は丹波の出身で、「山丹正宗」という銘柄は、酒のキレと刀のキレをかけ、銘刀「正宗」にあやかって名づけられたと伝えられています。今治市内に現存する唯一の酒蔵です。
仕込み水は、高縄山地を水源とする蒼社川の伏流水を井戸から汲み上げたもの。原料米は、生産量の9割以上に松山三井やしずく媛といった愛媛県産米を使っています。
動画の冒頭では、新酒が搾れたときに毎年行う神事の様子、四国でもっとも高い山から流れる清冽な水、そして蔵の昔の写真が紹介されます。撮影場所も造り方も、当時と大きくは変わっていないといいます。
今治はタオルの産地です。タオルづくりには、豊富できれいな水が欠かせません。その水に恵まれた街のなかでも、八木酒造部は「一番水がいい場所に蔵がある」といわれてきました。蔵から車で10分ほどの場所には、世界中からサイクリストが集まるしまなみ海道があります。
八代目は、ITコンサルタントだった
八木伸樹氏は1973年(昭和48年)、隣の松山市で生まれ育ちました。高校卒業と同時に上京し、東京の大学で会計を学び、卒業後はアンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)に約6年間勤務。その後、今治へ戻って八木酒造部に入社し、2008年から代表取締役を務めています。
酒造業の後継者は、東京農業大学などで醸造を学んで戻るケースが多いなかで、ITコンサルタントからの転身は異色です。「物心ついたときから、いつかは継ぐのだろうと思っていた」。ただし戻る時期については「ひたすら後ろ倒しにしてきた」と振り返ります。転機は、父親が軽い病気をしたとき。「帰ってこい」とは一言も言われなかったといいます。
家訓のない蔵が、受け継いできたもの
「家訓はありますか」という問いへの答えは、「ない」でした。八代目自身、入社したときに父へ同じ質問をし、「ない」と即答されたそうです。その父もまた、戻ったときに家訓がないことに驚いた、と。
では、この蔵は何を受け継いできたのか。八木氏は「社風に凝縮されている」と語ります。たとえば、品質と衛生管理への意識の高さ。日本酒はアルコールなので、一般の食品ほど腐敗に神経質になる必要はありません。それでも現場は、目に見えない微生物に対して徹底して気を配る。決まりがあるわけではなく、製造責任者が「きれいにすること」を言い続けている。
もうひとつが、蔵人の熱量です。蔵見学に訪れた人には、次の予定があろうとおかまいなしに語り続けてしまう。「そうしろと言ったことはないけれど、そうしてくれているのはありがたい」。言葉になっていないものが、掃除の行き届いた蔵と、人の姿勢として残っている。老舗の家訓とは何かを考えるうえで、示唆的な部分です。
「美味しいんだけどね」から始まった、受賞という戦略
戻った八代目が、まず言われ続けたのが「お酒は美味しいんだけどね」という言葉でした。売上は低迷している。ものはいい、でも売れない。社員も取引先も同じことを言う。
日本中の酒を飲み比べ、取引先の話を聞くなかで気づいたのは、日本酒は広告がほとんど意味をなさない商材だということでした。「うちの酒は美味しいです、こんな造り方をしています」と蔵元がいくら伝えても、誰も信じてくれない。一方で、有名な酒販店や著名人が「美味しい」と言えば、疑いの余地なく美味しいものとして受け取られる。CMを見たことがなくても、誰もが名前を知っている銘柄がある。
日本酒は、究極の口コミマーケティングの商材なのではないか
そこで選んだのが、コンクールで賞を獲ることでした。誰もが疑いなく「美味しい」と受け止める証拠になるからです。それまで出品料の負担もあって積極的ではなかった各種コンクールに出品し、受賞のために造りそのものにも磨きをかけていきました。
最初に結果が出たのは、売上低迷でやめることも検討していた吟醸酒でした。酵母を替えて華やかなタイプに造り替え、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード」で最高金賞を受賞。さらに2014年には、全日空(ANA)国際線ファーストクラスの機内酒に採用されます。
「このあたりで風向きが変わりました」。地元でも品質が認識されるようになり、店頭では誰もが同じ言葉を口にして買っていくようになったといいます。
老舗であることと、変え続けること
ラーメン店や和菓子店であれば、「50年前と同じ造り方です」「原材料は変えていません」は、そのまま売りになる。けれど日本酒は違う、と八木氏は言います。50年前とまったく同じ酒は、おそらく今の人には美味しく感じられない。新しい技術、新しい理論で造り方を変え続けなければ、取り残されてしまう。「伝統産業であり老舗でもあるけれど、やっていることはどんどん変えていかないと脱落してしまう、という恐怖心もあります」。
飲み方も変わりました。かつては燗が中心だったものが、冷酒が主流になり、流通と保管の技術が上がったことで「しぼりたて」のフレッシュさが求められるようになった。温暖な愛媛は人が暮らすには恵まれた土地ですが、日本酒にとっては熟成が進みやすい環境でもあります。八木酒造部では、最初の米洗いと蒸し・製麹以降の工程を、すべて冷房下で行っています。
テロワールを語れる酒 —「しずく媛」と「刀」
八代目が戻ってから始めた取り組みのひとつが、輸出です。海外で日本酒を売ってみると、質問はいつもワインの知識から来ました。どこで造っているのか、その土地はどんな場所か、どんな料理と合わせるのか。精米歩合や酵母の話ではなく、土地の物語が求められていた。
そこで生まれたのが「しずく媛」です。愛媛県が開発した酒造好適米「しずく媛」に、愛媛県が開発した酵母を合わせ、地元の水と技術で仕込んだ、オール愛媛の純米吟醸。土地の風景と合わせて説明すると、腑に落ちてもらえる。現在はフランスなどにも輸出されています。
さらに完全に輸出向けとして造られたのが、純米大吟醸「刀(かたな)」。しずく媛を40%まで磨いた酒で、ラベルが刀の鍔、キャップ周りが柄になるデザインです。海外の展示会では、来場者が「鍔(つば)」という単語を知っていて指を差してくる。数ある銘柄のなかでアイキャッチとして機能し、海外で伸びている一本です。
スターマークも、ベトナム・ホーチミンの高島屋などで八木酒造部の酒を紹介してきました。海外の方にとって日本酒は一見どれも同じに見えるからこそ、産地の物語と、その土地の食との組み合わせが必要になります。
蔵を訪ねる
八木酒造部の蔵の2階にはカウンターがあり、飲み比べを体験してから購入することができます(訪問前に公式サイトで最新の案内をご確認ください)。
- 株式会社八木酒造部 公式サイト:https://www.yamatan.jp/
- 山丹正宗の商品を見る(老舗通販.net):https://shinisetsuhan.net/collections/yamatan
八木酒造部は「老舗フェスティバル2026」に出展します
八木酒造部は、2026年10月3日(土)に東京・日本橋で開催される「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」に出展します。
- 日時:2026年10月3日(土)10:00〜18:00(予定)
- 会場:福徳の森・仲通り周辺(東京都中央区日本橋室町2-5-10)
- 主催:スターマーク株式会社(老舗フェスティバル実行委員会)
- 内容:老舗・ご当地マルシェ、日本酒・クラフト酒の飲み比べ、老舗サミット、三井本館見学会、ステージ、着物体験ほか
動画で聞いた蔵の話を、当日は日本橋で。八代目から直接話を聞き、その場で山丹正宗を味わえます。
対談の全編はこちら
32分の対談は、YouTubeチャンネル「日本の老舗」で公開しています。
八木酒造部 八代目 当主 八木伸樹氏(YouTube)
番組「日本の老舗」は、3代100年続いてきた秘訣を当主にうかがうインタビュー番組です。
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