浅草寺の仲見世通り、雷門から歩いて一番奥にある小さな店が「木村家本店」です。創業は1868年(慶応4年)。浅草でもっとも古い人形焼店で、初代が考案した五重の塔・雷様・提灯・鳩という4つの型を、今も同じ場所で焼き続けています。五代目の木村淳さんが、幼いころの手伝いから家業に入った経緯と、変えたもの・変えなかったものを語っています。
動画はYouTubeチャンネル「日本の老舗」およびagataJapanが配信するご当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」の一本で、2021年10月29日に公開されました。
動画の見どころ
この回には章立てのタイムスタンプが付いていないため、話題の並びを目次として整理しました。
- 創業は1868年(慶応4年)。仲見世通りの一角で始まり、150年を超える
- 初代が考案した「鳩・提灯・五重塔・雷様」の4つの型。当初は「名所焼き」として売り出していた
- 昭和44年生まれの五代目が、浅草寺の境内を走り回って育った幼少期の話
- 小学生のころのラッピングの手伝いと、高校時代の「手伝ったらお小遣いが上がる」。人形焼の一連の動作が体に刷り込まれていった
- 大学卒業後24歳で店に入り、職人の補佐と朝の仕込みから始めた。上白糖30キロを持ち上げてミキサーに入れる力仕事
- 大きなしゃもじで種を混ぜていた工程に、合羽橋で買ったミキサーを導入するまで職人を説得した話
- 修学旅行の客の限られた小遣いでも買えるよう、4つ入りの小サイズを用意した
- 材料は卵・小麦粉・砂糖といったありきたりのもの。「難しい材料を使っていいものができたとしても、続かなくなっては意味がありません」
- 生地は変えず、あんこの糖度だけ現代の味覚に合わせて少しずつ下げてきた
- 家訓はなく、「私がこれから家訓を作っていかなくては」という言葉
木村家本店とは — 創業は何年で、いま何代目か
創業は1868年(慶応4年)。台東区が「江戸創業事業所」として紹介する資料には「創業1868年(慶応4年)」「人形焼製造販売」と記され、現在は五代目の木村淳さんが経営していると書かれています。慶応4年は明治元年と同じ年で、西暦1868年にあたります(2026年10月4日、台東区の公開資料、浅草仲見世の店舗紹介、agataJapanの木村家本店の老舗ページで確認)。
なお、agataJapanの連載記事では当主の発言が「木村屋本店」と表記されている箇所がありますが、台東区の資料・仲見世の店舗紹介・老舗ページはいずれも「木村家本店」です。本記事は「木村家本店」で統一しています。
創業から同じ場所、同じ形、同じ味
台東区の資料には「浅草で最も古い人形焼店です。創業から同じ場所、同じ形、同じ味で勝負してきました」「創業以来、変わらぬ材料、職人による手焼きを続け、初代の味を受け継いでいます」とあります。店の後ろに焼き台があり、職人が型を回しながら一つひとつ焼いています。
五代目は昭和44年生まれ。母と祖父が店を切り盛りして忙しく、暗くなるまで外で遊んで来いと言われて育ったといいます。商売をしている家が多い地域だったため、老舗という意識はあまりなかったそうです。小学生のころのラッピングの手伝いが、結果としてこの仕事に入るきっかけになったと振り返っています。
人形焼と仲見世 — 業種と地域の背景
人形焼はカステラ生地に餡を入れて焼いた和菓子で、こしあんが一般的です。発祥は東京・人形町といわれ、人形町では文楽人形や七福神の型が使われてきました。七福神の型は、はじめは全身像だったものがやがて顔だけに変わっていったとされます。一方、浅草では雷門や五重塔といった名所をかたどった型が使われ、当初は「名所焼」と称して売られていました(2026年10月4日、Wikipedia「人形焼」で確認)。木村家本店の初代が浅草にちなんだ4つの型を考案し「名所焼き」として売り出したという話は、この呼称と重なります。
なお浅草への伝来時期については記述に幅があります。Wikipediaには「大正時代に人形町で修行した職人が浅草で事業を始めた」とありますが、木村家本店の創業年は台東区の資料でも1868年(慶応4年)とされています。本記事では創業年について、公的資料にある1868年を採っています。
店のある仲見世通りは、雷門から宝蔵門までの約250m、およそ90店舗が並ぶ参道です。江戸時代前期、浅草寺の境内や参道の清掃の賦役を課されていた地元住民に、特権として参道での営業が認められたことが起源とされ、元禄から享保年間(一説には1685年ごろ)に形成されました。日本で最も古い商店街の一つです。1885年に全店の取り払いが命じられて赤煉瓦造りに建て替わり、1923年の関東大震災で壊滅、1925年に桃山風朱塗りの鉄筋コンクリート造りで再建されました(2026年10月4日、Wikipedia「仲見世通り」で確認)。木村家本店は、この参道の歴史とともに歩んできた店です。
名物と商品 — 何が看板か
材料は卵、小麦粉、砂糖といった、問屋に言えばいつでも手に入るものです。五代目は「そこから先の調合の妙でオリジナリティを出せるように頑張っています」と語り、続けられることを重視した材料選びを説明しています。
- 人形焼 あん入り:小麦粉と卵の生地にこしあんを詰めた定番。しっとりした生地に上品な甘さ。8個入り600円(老舗ページ掲載時点)
- 人形焼 あん無し:あんこや甘いものが苦手な人でも食べられるように用意されたもの。若い客に人気
- 4つ入りの小サイズ:修学旅行の客でも買えるようにつくられた。箱のデザインにも凝り、新しい客層につながった
- 瓦煎餅:数種類を扱う。浅草寺の前で焼いているため卍を模した形が特徴。木村家本店の焼印が押され、浅草の寺院への供物として納める仕事もある
人形焼は店頭で職人が焼いているため、近くのベンチで焼きたてを食べられます。常温で1週間ほど日持ちするので、土産として持ち帰ることもできます。あんこは昭和初期には肉体労働をする人が多くしっかり甘いものが好まれたそうで、現在は現代人の味覚に合わせて糖度を少しずつ下げているとのこと。生地は変えていないといいます。
買う・訪ねる
店は東京都台東区浅草2-3-1、電話は03-3841-7055。浅草仲見世の店舗紹介では営業時間9:00〜19:00ごろ、定休日は不定休、取扱は人形焼と瓦せんべいとなっています(2026年10月4日確認)。agataJapanの老舗ページも同じ営業時間を掲げ、変更の可能性がある旨を添えています。公式サイト(木村家本店)には営業時間の記載がないため、お出かけ前に店舗にご確認ください。公式サイトは店名を「木村家本店」、運営を有限会社あさくさ未希(代表取締役 木村未希氏)と記載しており、初代が考案した型は五重の塔・雷様・提灯・鳩の四つ、2026年5月1日に人形焼の価格改定が告知されています(2026年10月4日、公式サイトで確認)。
- 老舗通販.net の商品ページ:木村家本店(あん入り人形焼 14個・22個・28個・36個の箱入り)
- agataJapan の老舗紹介:木村家本店
- 五代目インタビュー(記事版):子どもの頃から家業を手伝い、その道へ。浅草で最も歴史ある人形焼店「木村家本店」/どこにでもある材料を使って、唯一無二の美味しさを表現する
- 浅草土産の読みもの:浅草で買うべき老舗のお土産!名物和菓子などおすすめ6選
- 同じ浅草の菓子の老舗:常盤堂雷おこし本舗(台東区・雷おこし)/梅園(浅草・あわぜんざい)
- 同じ瓦煎餅の老舗:銀座松崎煎餅(中央区・瓦煎餅)
- エリアから探す:東京都の老舗
老舗フェスティバル2026は10月3日に開催されました
agataJapanが主催する「老舗フェスティバル2026」は、2026年10月3日(土)10:00〜18:00、東京・日本橋の福徳の森と仲通り周辺(東京都中央区日本橋室町2-5-10)で開催されました。全国の老舗と「ご当地」の生産者が集まり、奉納能や老舗サミット、名店コラボなどの企画が並びました。
2026年の開催は終了しています。当日の出展者や企画の詳細、次回の開催情報は老舗フェスティバル2026の特設ページでご覧いただけます。
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「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。
老舗通販.net で老舗の品を探す(木村家本店の商品ページ)
動画で見る日本の老舗
この回は、YouTubeチャンネル「日本の老舗」およびagataJapanが配信するご当主インタビュー番組「伝統はイノベーションの連続である」(CICライブ)の一本です。3代100年続いてきた老舗に、伝統と革新、家訓など普段あまり語られてこなかったことを聞く構成になっています。
ほかの老舗の回は、連載「動画で見る日本の老舗」の一覧からご覧いただけます。
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