東京都港区の虎ノ門は、見上げるような超高層ビルが並ぶオフィス街です。けれども一歩路地に入れば、江戸時代から続く社があり、何代にもわたって暖簾を守ってきた老舗が静かに店を開けています。かつて江戸城の門が置かれた土地が、いまはグローバルなビジネス拠点になった——その両方が同じ街に重なっているのが虎ノ門のおもしろさです。
agataJapanのYouTubeチャンネル「日本の老舗」では、この街を歩いて老舗をめぐる動画を公開しています。港区の「MINATOシティプロモーションクルー認定事業」の認定を受けて制作された回で、明治時代創業の刀剣専門店日本刀剣(Japan Sword Co.)のご当主にも話を聞いています。
この記事では、動画の内容に加えて、虎ノ門という地名の由来、動画に登場する日本刀剣の歩み、そして同じ虎ノ門で商いを続ける丁子屋・虎ノ門岡埜栄泉、さらに歩いて行ける新橋・芝・麻布の老舗までを、公式サイトと公開資料で裏を取ってまとめました。(本文の事実関係はいずれも2026年11月4日に確認しています)
動画で紹介されているのは何か
動画は2026年3月25日の公開で、長さは11分51秒。この回には章立て(チャプター)が設定されていないため、以下はタイムスタンプではなく、概要欄に記されている内容から要点を整理したものです。
- 虎ノ門という街の二つの顔 — 虎ノ門ヒルズのような超高層ビルがそびえる一方、路地には江戸時代から続く神社と老舗が残っているという街の成り立ち
- 江戸城の門があった土地 — かつて江戸城の門が置かれた場所が、現在はグローバルなビジネス拠点へと姿を変えたという変遷
- 受け継がれている職人気質とおもてなし — 街が変わっても根底に残っているものとして概要欄が挙げている二つ
- 日本刀剣のご当主へのインタビュー — 明治時代創業。精巧な日本刀、甲冑、刀装具といったサムライ関連の美術品と、そのレプリカを展示・販売する店
※この動画は日本語と英語の両方で紹介文が用意されており、海外の視聴者に向けて「shinise(老舗)」という言葉そのものを伝える回になっています。
虎ノ門とは — 江戸城の門が残した地名
虎ノ門は、江戸城の外堀(現在の虎ノ門交差点付近)に設けられた城門の名前です。江戸城三十六見附のひとつに数えられました。門の前の土橋は外堀の水をせき止める堰堤の役割も果たしており、虎ノ門から赤坂見附にかけて溜池が形成されていました。いまの「溜池山王」という駅名は、この池の名残です。
江戸時代、この一帯は麻布の台地と愛宕山に挟まれた低地であることから西久保と呼ばれ、武家地と寺社地が大部分を占めていました。城門は明治のはじめに撤去されますが、「虎ノ門」の名は近隣の俗称として残り、交差点名や市電・地下鉄の駅名として生き続けます。正式な地名として採用されたのは昭和24年(1949年)、芝今入町が芝虎ノ門に改称されたときでした。現在の虎ノ門一丁目から五丁目という町名は、昭和52年(1977年)9月1日の住居表示の実施で成立しています。
※城門の撤去年について:出典としたWikipedia「虎ノ門」は「1874年(明治6年)」と記していますが、明治6年は1873年にあたり、和暦と西暦の対応が食い違っています。他の一次資料で確定できなかったため、本記事では年を特定せず「明治のはじめ」と記しました。(2026年11月4日確認)
街の姿が大きく変わったのは平成以降です。虎ノ門ヒルズ森タワーが2014年(平成26年)6月11日に開業し、環状第2号線と一体で建設されたため1階を道路が貫通する構造になりました。地上街路の愛称「新虎通り」の虎ノ門〜新橋間は2014年3月29日に開通しています。続いてビジネスタワーが2020年(令和2年)6月11日、レジデンシャルタワーが2022年1月、ステーションタワーが2023年10月6日に開業。東京メトロ日比谷線の虎ノ門ヒルズ駅は2020年6月6日に開業しました。老舗にとっては、この十年あまりで街の人の流れが二度三度と変わった計算になります。
日本刀剣 — 新富町の袋小物屋から虎ノ門の刀剣専門店へ
動画でご当主が話しているのが、桜田通り沿いの日本刀剣です。美術日本刀と刀装具、武具甲冑を扱う専門店で、英名は Japan Sword Co.。店の二階には鎧や陣羽織、弓矢の箱までが並び、刀身の研磨や外装の作成、評価鑑定や売却の相談にも応じています。現在の当主は四代目・伊波賢一(いは けんいち)氏です。
はじまりは刀剣商ではなく、東京・新富町(現在の中央区)の袋小物屋でした。伊波氏によれば、日露戦争から戻った曾祖父が怪我を負っていたことから、骨董品を売買する問屋へと商いを変えたと伝えられています。その後、大正12年(1923年)の関東大震災を機に現在の港区虎ノ門の桜田通り沿いへ移転し、店は刀剣を主に扱うようになりました。当時この一帯には武家屋敷の跡や骨董品を扱う店が多かったといいます。刀を商う店が「虎ノ門」という名の土地に移ってきたことには、どこか筋が通っています。
※創業年について:公式サイトは「創業から100年を超える」とし、agataJapanの老舗ページも「創業 明治時代」とするのみで、具体的な創業年を明記した資料は確認できませんでした。本記事でも和暦・西暦を特定せず「明治時代の創業」と記しています。(2026年11月4日確認)
伊波氏が繰り返すのは、店に並ぶ刀は基本的に戦いに使われていない、という話です。刀は殿様が友好の証として贈り、功績への褒賞として与えるものでもありました。刃が美しく形の整った刀を、この世界では「健全」と呼びます。日本刀剣が取り組んでいるのは、刀を武器ではなく美術品として見てもらうための工夫で、糸が切れて片方だけになった目貫(めぬき)をブローチやカフスに仕立てる試みもそのひとつです。
四代目へのインタビューは、CIC Tokyo を会場に配信してきた番組「伝統はイノベーションの連続である」で約45分の長尺回として公開されており、agataJapanでは別記事にまとめています。→ 日本刀剣|明治創業、虎ノ門の刀と目貫ブローチを四代目が語る【動画】
【おしらせ】2026年12月、日本橋高島屋で現代刀の展示会
公式サイトによれば、日本刀剣は2026年12月9日(水)から14日(月)まで、日本橋高島屋 本館6階 美術画廊で、月山貞利・貞伸による現代刀の展示販売会を行う予定です。店舗での営業は10:00〜17:00(日曜・祝日休み)。また、短期滞在の訪日旅行者向けの免税制度が2026年11月1日から、店頭での免税販売ではなく空港でのリファンド申請に変わったことも告知されています。動画の収録時点にはなかった情報のため、動画の内容とは分けて記しました。(公式サイトで2026年11月4日確認)
同じ虎ノ門で暖簾を守る二軒
丁子屋 — 寛政10年創業、虎ノ門ヒルズの中の呉服店
虎ノ門ヒルズ ビジネスタワーの1階に、通りに面した独立の入り口を持つ呉服店があります。丁子屋(ちょうじや)です。公式サイトの会社概要には「寛政10年創業 明治35年虎ノ門創立」とあります。寛政10年は1798年、明治35年は1902年にあたります。
agataJapanの老舗ページの沿革によれば、寛政10年(1798年)に近江国(現在の滋賀県)で呉服小間物商として創業し、2代目の小林吟右衛門が天保2年(1831年)に江戸堀留町(現在の日本橋)で呉服・太物商を開いて「丁子屋」の屋号を定めました。明治35年(1902年)からは虎ノ門で商い、2020年の虎ノ門の再開発で虎ノ門ヒルズの一角に店を移しています。現在の代表取締役は小林絵里氏(6代目ご当主)。店主が畳に座って反物を広げる昔ながらの座売りのスペースが残り、着付け教室やレンタル、シミ抜きや仕立て直しの相談まで引き受けています。
※営業時間の差異について:公式サイトは「火曜日〜金曜日 10:30-19:00/土曜日 10:30-18:00/日曜日・月曜日・祝祭日休み」と記していますが、agataJapanの老舗ページは「月曜〜金曜 10:30〜19:00/土曜 10:30〜18:00/定休日 不定休」となっています。本記事では公式サイトを採用しました。老舗ページの更新可否は確認中です。(2026年11月4日確認)
虎ノ門岡埜栄泉 — 大正元年創業、昼には売り切れる豆大福
桜田通りをはさんで日本刀剣の近く、虎ノ門3-8-24にあるのが虎ノ門岡埜栄泉(とらのもんおかのえいせん)です。創業は大正元年(1912年)。九段の岡埜栄泉で修業した初代・松下勝重が暖簾分けして始めました。職人気質で凝り性だった初代は創業時から大福一筋で、独自の味をつくったと伝えられます。
看板商品の豆大福は、宮城産の米を使った餅に赤えんどう豆をちりばめ、北海道産小豆のこし餡を包んだもの。餡も生地もすべて自家製で保存料や添加物を使わないため当日売り切りで、昼過ぎには完売してしまうこともあります。前日までの予約や当日朝の取り置きの電話が「通」の流儀だとされています。栗饅頭、東万頭といった品もあり、商品ごとに小豆の煮方やつぶし方、砂糖の配合を変えて餡を作り分けているそうです。
※虎ノ門岡埜栄泉については公式サイトを確認できませんでした。営業情報はagataJapanの老舗ページ(月〜金 9:00〜17:00/土 9:00〜12:00/日曜・祝日休み)に拠るものです。お出かけの際は店舗へご確認ください。なお本記事で取り上げた三軒について「閉店」「廃業」での現況確認を行い、いずれもその情報は見つかりませんでした。(2026年11月4日確認)
虎ノ門から歩いて行ける老舗
虎ノ門は新橋・霞ヶ関・六本木に囲まれた位置にあり、少し歩くだけで業種の違う老舗に行き当たります。agataJapanで動画記事にしている港区の老舗を、虎ノ門からの距離感で並べてみます。
- 新正堂(新橋・創業1912年)— 浅野内匠頭の邸跡に店を構えた縁から生まれた「切腹最中」。虎ノ門から新橋へ下る途中にあります
- 新橋玉木屋(新橋・創業1782年)— 江戸前の佃煮と座禅豆。十代目が受け継いでいます
- 更科布屋(芝大門・創業1791年)— 80種に及ぶ変わりそばを七代目が作り分けています
- おかめ鮨(芝・創業1855年)— 江戸前のばらちらし。五代目の店です
- 総本家更科堀井(麻布十番・創業1789年)— 白い更科そば。九代目が暖簾を守ります
- 豆源(麻布十番・創業1865年)— 豆菓子と揚げたておかき
- 青野総本舗(六本木・創業1856年)— 六代目が語る鶯もち
- 秋色庵大坂家(創業元禄年間)— 日本初の三色最中を十八代目が作ります
- 玉鳳堂(南青山・創業1895年)— 茶道具の目利きを四代目当主が語ります
ひとつの区のなかに、刀剣・呉服・蕎麦・寿司・和菓子・茶道具がこれだけ揃っているというのが、港区の老舗の層の厚さです。
街に残る江戸 — 虎ノ門の社
動画の概要欄が「一歩路地に入れば、江戸時代から続く神社」と記しているように、オフィスビルの間には社が残っています。虎ノ門一丁目の金刀比羅宮は、いまは高層オフィスビル「虎ノ門琴平タワー」との複合施設になっており、社務所や神楽殿が建物と一体化しています。毎月10日には十日祭(月次祭)が斎行されます。(出典:Wikipedia「金刀比羅宮 (東京都港区)」。創建年は同記事に記載がないため本記事では記していません。2026年11月4日確認)
超高層ビルの足元に社が残り、その隣で刀剣商と呉服店と和菓子屋が店を開けている。虎ノ門を歩くおもしろさは、この重なりそのものにあります。
買う・訪ねる
- 日本刀剣|東京都港区虎ノ門3-8-1/電話 03-3434-4321/10:00〜17:00、日曜・祝日休み 公式サイト 老舗通販.netで日本刀剣の品を見る(鐔・小柄などの刀装具) agataJapanの老舗ページ
- 虎ノ門 丁子屋|東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー1階/電話 03-3591-0529/火〜金 10:30〜19:00、土 10:30〜18:00、日・月・祝休み 公式サイト 老舗通販.netで丁子屋の品を見る agataJapanの老舗ページ
- 虎ノ門岡埜栄泉|東京都港区虎ノ門3-8-24/電話 03-3433-5550/月〜金 9:00〜17:00、土 9:00〜12:00、日曜・祝日休み(出典:agataJapan老舗ページ) agataJapanの老舗ページ
- お取り寄せ|新橋玉木屋・更科布屋・総本家更科堀井・豆源(いずれも老舗通販.net)
※価格や営業情報は変わります。お出かけの前に各店の公式サイトか電話でご確認ください。
老舗フェスティバル2026 出展御礼
2026年10月3日に開催した「老舗フェスティバル2026 by agataJapan」は、多くの方のご来場で無事に終えることができました。ご来場いただいた皆さま、ご出展いただいた老舗の皆さまに御礼申し上げます。当日の様子は公式SNSや「#老舗フェスティバル」「#老舗ウィーク」でご覧いただけます。
※本記事で取り上げた三軒については、2026年の出展者としての確認が取れなかったため、出展の有無には触れず開催の事実のみを記しています。
100年続く老舗の品を、お取り寄せで
「老舗通販.net」は、3代100年以上続く老舗だけが参加する通販サイトです。2010年の開設以来、全国の老舗の品を扱ってきました。遠方でお店に足を運べない方も、ここから取り寄せられます。
動画とチャンネルについて
この回を公開しているのは、YouTubeチャンネル「日本の老舗」です。ご当主の肉声で創業からの歩みと受け継いできた技を記録する【五つの奥義】シリーズのほか、今回のように街を歩いて老舗をめぐる回も公開しています。agataJapanの動画記事は「動画で見る日本の老舗」にまとめています。東京都の老舗はエリアページ(東京都)からもたどれます。
老舗の魅力を、ともに伝えませんか
スターマーク株式会社は、老舗の価値を見つけて磨き、伝える仕事をしています。映像の制作、記事やSNSでの発信、通販での販路づくり、イベントへの出展など、ご相談はお問合せフォームからお寄せください。
よくあるご質問
虎ノ門という地名の由来は何ですか?
江戸城の外堀(現在の虎ノ門交差点付近)に設けられた城門の名前に由来します。江戸城三十六見附のひとつで、門前の土橋は外堀の水をせき止める堰堤も兼ね、虎ノ門から赤坂見附にかけて溜池を形成していました。城門は明治のはじめに撤去されましたが名は残り、正式な地名として採用されたのは昭和24年(1949年)です。
虎ノ門にはどんな老舗がありますか?
桜田通り沿いで美術日本刀と刀装具を扱う日本刀剣(明治時代創業・四代目)、虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー1階の呉服店・丁子屋(寛政10年=1798年創業・6代目)、豆大福で知られる和菓子屋の虎ノ門岡埜栄泉(大正元年=1912年創業)などがあります。新橋・芝・麻布十番まで歩けば、蕎麦・寿司・佃煮・豆菓子の老舗もあります。
日本刀剣はいつからどこで商いをしているのですか?
創業は明治時代で、はじまりは東京・新富町(現在の中央区)の袋小物屋でした。骨董品の問屋に商いを変えたのち、大正12年(1923年)の関東大震災を機に港区虎ノ門の桜田通り沿いへ移転し、刀剣を主に扱うようになりました。現在の当主は四代目・伊波賢一氏です。






